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郵便不正:石井一議員は40年間毎日の行動を記録するメモ魔だった。

2004年2月25日この日の倉沢の手帳には、13時石井一、木村との記述が ある、これが本事件にあなたが関与されてるという疑いに繋がる。

倉沢の手帳に対して異義を申し立てた石井一は過去40年間、 その日の出来事を手帳に記録してますからと・・・それは200冊になると。
石井氏が使っている手帳は黒表紙、横10センチ、縦15センチ、厚さ1センチくらいのもの。150ページを2ヶ月で使い切ってしまう、とのこと。1年に6冊、過 去の分が約200冊保管してある
そうです

石井氏の手帳がアップで映し 出される。「2004年2月25日・・・この日に丸印がついてますが、これは?」「それはゴルフの日、という印です」と石井氏。「7:56ティーオフと書かれて ますね。」しばらく、参加メンバーやスコア、何時頃終わったというような会話が続く。
04年2月25日は 衆議院の予算審理が佳境を迎え、「年金、構造改革の集中審理が予算委員会で行われ、閣僚は全部そこに張り付き。他の議員は予定がなかった」「なので私はその日成 田市のゴルフ場にいました」と述べ、一緒にゴルフをした議員などの名前を挙げました。
午前7時頃に自宅を出て、1ラウンドプレーをし、風呂に入って着替えをして4時頃ゴルフ場を出たとのことです。その後は東京に戻り、赤坂の料理屋で議員や業界関 係者との懇親会に直行。そのため、事務所で倉沢被告と会うことはありえない、と石井氏は強調しました。
裁判長は、検察官の異議を退け、法廷で手帳を示すことを弁護側に許可しました。その手帳は法廷のスクリーンにも映し出されましたが 、実に細かく誰といつ、どこで会ったかが書かれていました。問題の日のゴルフについては、場所やスコアまで書かれていました。

検察は、それを証拠提出したり 法廷で示すことに猛烈に反対。そこには、検察の描いた構図を突き崩す重大事実がかかれいました。倉沢被告が公的証明書を得るために石井議員に会ったという日、じ つは石井氏はゴルフ場にいたのでした
石井議員は自分の行動を克明に記録していました。その事実が判明するのを恐れた検察が懸命の抵抗をしたのでした




http://mainichi.jp/select/today/news/20100304k0000e040055000c.html
郵便不正:石井一参院議員、関与を否定 証人出廷

2010年3月4日 12時19分 更新:3月4日 12時58分

 郵便不正事件で、障害者団体の偽証明書作成に関与したとして虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省元局長、村木厚子被告(54)の第11回公判が4日、大阪地裁であった。証明書作成を口添えしたとされる石井一・民主党参院議員(75)が証人出廷し「そんな話は全くなかった」などと関与を否定。口添え依頼を東京の議員会館で受けたとされたが「千葉県のゴルフ場にいた」と「アリバイ」を主張した。

 検察側主張によると、石井議員は04年2月下旬ごろ、障害者団体「凜(りん)の会」代表で元秘書の倉沢邦夫被告(74)と東京の議員会館で面会し、証明書発行の口添えを頼まれ、電話で厚労省の塩田幸雄元部長(58)に要請したとされる。

 これに対し、石井議員は「06年11月6日、倉沢被告が事務所に来たとき初めて(凜の会を)知った」と証言。塩田元部長については「会ったことがあるかもしれないが、覚えていない。電話もしたことがない」と述べ、口添えを否定した。

 また「(口添え依頼を受けたとされる日時には)同僚議員らと千葉県成田市内のゴルフ場におり、議員会館にいなかった。当時の手帳にも書いてある」と述べた。さらに、昨年9月には大阪市内のホテルで大阪地検特捜部から事情聴取を受けたといい、「当時の手帳を検事も見たと思うが、突っ込んだ話はしなかった」と述べた。

 これまでの公判で、倉沢被告は「04年2月25日午後1時に石井議員と会い、口添えを頼んだ後、午後4時ごろ厚労省を訪れた」と証言した。塩田元部長は「石井議員から電話を受けたり、発行後に報告した覚えはない」と否定している。【日野行介、牧野宏美、小林慎】





http://groups.google.com/group/asyura_bbs1/browse_thread/thread/539ed5e67139a459

【元厚労省村木敦子局長の公判記録2010.3.4AM(江川詔子・竹中ナミ)by Twitter】
http://www.asyura2.com/10/senkyo81/msg/667.html
SEN 667 2010/3/04 15:09:10
投稿者: 加藤
nami_takenaka 無事、江川さんと合流して法廷内なう。いざ!
10時開廷。石井議員入廷。白髪、大柄。選挙区が私の住む「兵庫一区」なので、選挙カーや路上演説などでお見かけしたことはあるが、間近に会うのは初めて。「こ わもて」の印象を抱いてたが、終始、穏やかな声で話された。証言席に移る前に、秘書がペットボトルのお茶を渡し、一口飲んで証言席へ。
石井氏は弁護側証人なので、宣誓の後、弘中弁護士からの質問で尋問開始。まずは1929年衆議院議員初当選から今日までの経歴や所属した委員会などが語られる。 外交、防衛・安保、国土交通、都市開発に関する委員や選対委員長歴任など。弘中弁護士が「厚労省の委員会はありますか?
「いわゆる厚労族議員かということですが」と直截に聞いたので、廷内にちょっと笑い。「厚労委員会に属したことはなかったと思うが、私は何省の族議員でもない」 と、ちょっとムッとした口調で石井氏。
本事件に関わった倉沢を知ってますか?」弘中弁護士の質問が核心に触れ始める。「勿論!」と、石井氏。「1982年に秘書公募で採用した。礼儀正しい人だった が、1年後に私の事務所を離れ、職を転々とした後、弟(石井一二)の秘書になったので、わたしにとっては弟の秘書という印象が強い。」「1年で辞めたので、重要 な仕事は担当していない。」この後、何度も石井氏は、自分にとって重要人物ではないことを繰り返し述べる。「彼は私のインナーサークルの人ではない。奥さんが働 いて支えてるとも聞いたし、失礼な言い方になるが、職を転々としてるので、どこで何をしてるか知らない」インナーサークルの人ではない、という言葉を聞いた時は 、なぜだか背筋がゾクッと。
amneris84 検察側の描いた構図での、石井議員の位置づけをおさらい。自称障害者団体「凜の会」代表の倉沢被告は、昔秘書として務めたことのある石井議員の事務所を訪ね、石 井氏に公的証明書について厚労省に口添えしてくれるよう依頼。石井議員が厚労省の塩田部長に依頼し、塩田部長が村木被告に指示。村木被告(当時は厚労省課長)が 上村被告(同係長)に証明書偽造を指示した――という筋書き。ところが、これまでの公判で、上村被告は村木被告の指示を否定。塩田部長も村木被告への指示や石井 議員からの働きかけを否定。倉沢被告だけが「2004年2月午後1時に石井議員と会った」と証言
nami_takenaka 弘中弁護士「では、倉沢氏とどの程度の接触が有ったのでしょう?」石井氏「私は克明に手帳をつける性格で、いつ誰と、どんな要件であって、どう対応したかなどを 全て書いている。それによると・・・倉沢氏に会ったのは、2001年1回、02,02年0回、04年2回・・・007年は選挙があり、それでも6回。つまり平均 すると年に1-2回事務所に顔を出す程度ということです。」と石井氏。
では問題の、平成16年2月25日についてお聞きします。」弘中弁護士の口調が心なしか厳しくなる。「この日の倉沢の手帳には、13時石井一、木村との記述が あり、これが本事件にあなたが関与されてるという疑いに繋がってるのですが、あなたはこの日、倉沢と会われてますか?」「絶対ありえません!私は過去40年間、 その日の出来事を手帳に記録してますから・・・200冊になるんですよ。それを確認してもらえれば・・・
石井氏の言葉を受けて弘中氏が「手帳を!」と、裁判長に要請したとたん、検事が「異議あり!」と大声で叫ぶ。公判前整理手続で証拠採用していないものを、突然出 すな、というのが検事の言い分だ。「採用できません!」検事の顔が真っ赤になる。「ダメです!」
「では、証拠採用が必要な理由を述べます。」と弘中氏が冷静に話し始める。「まず何より、石井氏の関与を言ってるのは検察官です。これを争う場で、否定材料を提 出するのは、当たり前ではないですか?」検事は着席も忘れて弘中氏を見つめている。「公判前整理手続の段階では、石井氏が克明に手帳に記録をとるかたとは、分か りませんでした。しかし本件で石井氏が事情聴取を受けた時、実は石井氏は手帳を検事に見せているんですよ。検事がきちんと見なかっただけです。石井さん、その時 の検事がここに居ますか?」「はい」石井氏が検事席を見ながら答える「そこにおられる・・・少し太られてメガネもかけておられるので別人のように見えるが、あの 方です。」名指しされたM検事、ちょっと顔を赤らめて、俯く。
「そのようなワケで、手帳の証拠採用をして戴きたい」弘中氏の言葉に裁判長が頷く。法廷内の左右の壁にかけられた大きなTV画面に、石井氏の手帳がアップで映し 出される。「2004年2月25日・・・この日に丸印がついてますが、これは?」「それはゴルフの日、という印です」と石井氏。「7:56ティーオフと書かれて ますね。」しばらく、参加メンバーやスコア、何時頃終わったというような会話が続く。
amneris84 今日の公判で弁護側証人として出廷した石井議員は、過去40年にわたって自分の予定と実際の行動について克明に手帳に記録している、と証言。04年2月25日は 衆議院の予算審理が佳境を迎え、「年金、構造改革の集中審理が予算委員会で行われ、閣僚は全部そこに張り付き。他の議員は予定がなかった」「なので私はその日成 田市のゴルフ場にいました」と述べ、一緒にゴルフをした議員などの名前を挙げました。
午前7時頃に自宅を出て、1ラウンドプレーをし、風呂に入って着替えをして4時頃ゴルフ場を出たとのことです。その後は東京に戻り、赤坂の料理屋で議員や業界関 係者との懇親会に直行。そのため、事務所で倉沢被告と会うことはありえない、と石井氏は強調しました。

また、倉沢被告が石井氏の秘書になったのは1982年で、翌年の選挙で石井氏が落選したため、務めていたのはわずか1年。その後は、石井氏が参院比例区に鞍替え した時に、ボランティアとして手伝ったくらいの関係、年に1、2回訪ねてくるというくらいの関係だったとのことです。2001年には1回、02年と03年はゼロ 回、04年と05年は2回と、会った回数まで石井氏は正確に覚えていました。それは、法廷に来る前に手帳を確認しておいたから。会った人、用件なども、毎日欠か さず、克明に記録してあるそう。
nami_takenaka 「この手帳を、あなたは検事に見せたんですよね。場所は?」「大阪のリーガロイヤルホテルでした」と石井氏。う~む、国会議員を呼び出す時は一流ホテルで話を聞 くのか・・・と心のなかでツッコミを入れる。「(事情聴取なので)会話は録音されてるはずですね?」と弘中氏。うなずく石井氏。
amneris84 石井氏は、捜査段階で大阪地検の前田検事の事情聴取を受けています。そのときも、2004年分の手帳を全部並べて「見ていただいて結構ですよ」と言ったのに、検 事はあまり興味を示さず、パラパラを見ているくらいで、その日について詳しく聞かれることはなかった、とのこと。
「今年に入って、弁護士さんから『この日の記録はあるか』と聞かれたので、『ありますよ』と言った。神戸の事務所に電話をして、古い手帳を確認させ、そのページ をFAXさせたんです」と石井氏は経緯を説明しました。
というのは、検察側は、公判前整理手続きで石井氏の”アリバイ”について弁護側が主張してないとか、証言予定事実の書面にも書いてないので、手帳を弁護側が証拠 提出したり、法廷で示したりすることに猛烈に反対したため、裁判長が、まず手帳を弁護人が入手する経緯を明らかにするよう求めたのです。
石井氏が経緯を証言したため、裁判長は、検察官の異議を退け、法廷で手帳を示すことを弁護側に許可しました。その手帳は法廷のスクリーンにも映し出されましたが 、実に細かく誰といつ、どこで会ったかが書かれていました。問題の日のゴルフについては、場所やスコアまで書かれていました。
石井氏は、倉沢被告から「凜の会」について聞いたのは、たった一度。すでに証明書が発行された後の2004年11月6日。「倉沢が私の事務所を訪ねてきて、タブ ロイド大の新聞を見せて、(選挙対策のために)これに先生の写真や政策を載せたらどうか、と言ってきた。郵便代が安いんだ、と言っていた。
送る相手は障害者だという。民主党には障害者の団体をバックにしている候補者が他にいるし、今さら私がとってつけたように顔や名前を送っても、選挙の役には立た ない。にわかごしらえでそういうことをしてもダメだと言って、私は話しに乗らなかった。その時に、新聞の名前を見て、『なんと読むんだ』と聞いたら、倉沢は『凜 の会』ですと言った。私は『難しい名前やな。考えておくけど、気が進まない』と言った。後にも先にもこれっきりです」と石井氏は証言。弁護人から、「倉沢被告に 、『あの時にお世話になりました』という話は出なかったのか」と聞かれ、「石井氏は『ありません』」と明言。
まったく無関係なのにマスコミにあたかも関係があるように報じられ、選挙を控えていたのに、とても迷惑をしたと石井氏。支援者からも「厚労省の局長と男女関係で もあるのか」という電話まで来るようになり、困って弁護士に相談。身の潔白を証明するために、やむをえず週刊誌を提訴した。
「新聞なんて、(間違いを)書いたって、全然責任とりませんからね」と法廷でぼやく石井氏でした
石井氏が使っている手帳は黒表紙、横10センチ、縦15センチ、厚さ1センチくらいのもの。150ページを2ヶ月で使い切ってしまう、とのこと。1年に6冊、過 去の分が約200冊保管してあるそうです
休廷。石井議員の手帳を巡って検察と弁護側の論争あり。検察は、それを証拠提出したり 法廷で示すことに猛烈に反対。そこには、検察の描いた構図を突き崩す重大事実がかかれいました。倉沢被告が公的証明書を得るために石井議員に会ったという日、じ つは石井氏はゴルフ場にいたのでした
石井議員は自分の行動を克明に記録していました。その事実が判明するのを恐れた検察が懸命の抵抗をしたのでした
nami_takenaka その後、手帳を精緻に点検しながら弘中氏と石井氏のやりとりが続き、その日はどのようにしても石井氏が倉沢に会うことは出きなかったことが明らかになった。11 時過ぎ、少し休憩がとられ、石井氏は笑顔とドスの利いた声で厚子さんに「初めてお会いしますね」と声をかける。笑顔で一礼する厚子さん。
石井氏、塩田氏会った記憶なし、厚子さんに「初めてお会いしますね」と、会釈。
さぁ、そろそろ午後の法廷に戻らねば・・・とツイッター・サイトを確認すると、わぉっ!江川さんとツイート競演になってるぅ!! なんたる光栄\(^0^)/ 午後も頑張るぞっ!!
amneris84 そろそろ裁判所に戻ります。
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