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ガンになる前に、どちらの説を信じるのか決める!

癌になる前に、はっきりと決める必要があること。
どちらの説を信じるのか?
癌になってからでは遅い。なぜなら、癌の検査を病院で受けたそのときから、癌細胞分裂説に乗っ取った検査や治療が開始される。癌と診断され動揺している状態で冷静に、治療方法を選択することは不可能だから。

① 細胞は分裂によって増える説。(癌細胞分裂説)
「細胞分裂説」はすでに世界が認める定説であり、それを実証するかのごとき顕微鏡写真や映像も広く社会に認められている

② 細胞は赤血球が分化してなる説 (癌赤血球分化説)
千島喜久男教授など、一部の医学関係者が主張している。

細胞形成(起源)に関するこの問題は、具体的な治療の面でも非常に大きな影響を及ぼします。

癌分裂説に立脚した治療方法
ガン治療で何より大切なことは、ガンがまだ小さいうちに発見して(早期発見)、根こそぎ切り取ってしまうこと(摘出手術)。あるいは毒物でガン細胞を殺 したり、放射線を使って焼き殺すことも必要

癌赤血球分化説に立脚した治療方法
何よりも大事なことは「健康的な血液」に戻すことにほかなりません。それをせず、いかに部分的にガン細胞(組織)を切除 したり殺したりしたとしても、劣化した病的な血液が次々とガン細胞化していくからです。
血液の汚染から生じているとなれば、その解決方法は本人が血液を浄化する、汚染させないという自己解決しか方法がないということになる。 そのことを心がけない限り、病気など、根本的に治るはずがないのである。この理論は、医者たちの出番を極限に少なくしてしまう


どちらの説が正しいのか?

しかし60年以上前に、千島喜久男教授は赤血球から生殖細胞などが生まれていることを、顕微鏡観察によって発見してしまっていた。

千島喜久男教授の発見を信じるのか、信じないのか?

癌の治療法はここで大きく分かれる。


赤血球から生殖細胞その他へ移り変わっている状態を見た私は、はじめは唖然として、自分の眼や頭を疑うほどのショックを受けた。しかし、何百枚ものプレパラートを入念に調べてみたが、細胞分裂によるのではなく、赤血球から変化するものであることを確認した。

 実際、それはとんでもない大発見だった。「細胞は細胞の分裂によって生じる」というのがそれまでの定説で、それが生物学の最も重要な根本原理とされてきた。ところが千島が念には念を入れて何度注意深く顕微鏡を覗いてみても、明らかに赤血球から細胞が生まれていたのである。

千島はそのとんでもない大発見を、妻に次のように伝えたという。
 これは大変なことになった。生物学はその第一ページから書き替えられなければならない。神は私に大きな仕事をさせようとしている」…と。


なぜ他の人は細胞分裂を観察しているのに、千島にだけそんなとんでもない現象が見えたのか。実は、そこには、それなりの理由があった。

 それまでの研究者は、鶏の胚子の生殖腺(睾丸・卵巣)の組織発生を観察するに際し、胚子のウォルフ氏体(中腎)と付着している生殖腺を切り離して顕微鏡で見ていたが、千島はそれを切り離さずに中腎と生殖腺とを一体にした標本を何百枚も作って、来る日も来る日も根気よく顕微鏡で観察したのである。

 すると、中腎と生殖腺のできはじめのものには境がなくて連続的であり、しかもその境の付近には血管外に出た赤血球が無数に散在していて、それが原始生殖細胞や生殖腺の細胞に分化、移行していく様子をはっきりと確認することができた。千島と他の研究者との決定的な違いは、「標本の作り方」の違いにあったのである

現代医学界が絶対に細胞分裂説を否定できない理由。
 この細胞分裂説が実は間違いであったということは、医学界にとっては最大級のタブー中のタブーなのである。なぜならこれから議論するなら、受け入れやすいにしても、すでに100年近く、その間違ったウィルヒョー理論をもとにガン治療などで大量に殺人、結果的に収奪を犯してきたことに気づいてしまっているからである。
 そして、一部の医者はこのことの重大性に気づいて現代医学界から逃げ出しているのである。定説の細胞分裂説が間違いだったということになると、今までのガンを叩きまくる。ガンを切り取るという治療法は全く何の治癒効果もなかったということを認めることになるからである。



http://plaza.rakuten.co.jp/hukohitomi/diary/200908160002/

●細胞は分裂によって増えるのか、それとも赤血球が分化して細胞になるのか
 細胞形成(起源)に関するこの問題は、単に理論の問題というよりは、具体的な治療の面でも非常に大きな影響を及ぼします。
 実際、もし本当にガン細胞の猛烈な細胞分裂によりガンが日々大きく成長しているのだとしたら、ガンをそのまま放置しておくわけにはいきません。その場合 のガン治療で何より大切なことは、ガンがまだ小さいうちに発見して(早期発見)、根こそぎ切り取ってしまうこと(摘出手術)。あるいは毒物でガン細胞を殺 したり、放射線を使って焼き殺すことも必要になるでしょう。
 ガン細胞が勝手に猛烈な勢いで細胞分裂を繰り返し、どんどんガン細胞を作り出してガンを大きくしているのだとしたら、それに必要なのは一刻も早く手術と治療に着手することです。ということから「摘出手術・化学治療・放射線治療」が、いま盛んに行われているわけです。
 しかしもし、「細胞が赤血球から作られる」ものであり、ガンが局所的な病気ではなくて「血液劣化=全身病」だったとしたら、ガンの治療法も全く違ったも のになってしまいます。そのときに何よりも大事なことは「健康的な血液」に戻すことにほかなりません。それをせず、いかに部分的にガン細胞(組織)を切除 したり殺したりしたとしても、劣化した病的な血液が次々とガン細胞化していくからです。
 その意味でも、細胞が細胞分裂によって作られているのか、それとも赤血球が細胞に分化していくのか、これをはっきりと見極める必要があります。間違った理論からは間違った治療法しか引き出すことができないからです。
 そのワジントン教授がかつて来日し、名古屋大学で「カエルの卵からオタマジャクシまで」と題する顕微鏡映画を上映し、講演をしたことがありました。
 そのとき、まだ健在だった千島喜久男博士は、ワジントン教授に質問しました。
 以下は、そのときの二人の会話内容です。



医学会にとってのタブー中のタブーである細胞分裂説の間違い
 この細胞分裂説が実は間違いであったということは、医学界にとっては最大級のタブー中のタブーなのである。なぜならこれから議論するなら、受け入れやすいにしても、すでに100年近く、その間違ったウィルヒョー理論をもとにガン治療などで大量に殺人、結果的に収奪を犯してきたことに気づいてしまっているからである。
 そして、一部の医者はこのことの重大性に気づいて現代医学界から逃げ出しているのである。定説の細胞分裂説が間違いだったということになると、今までのガンを叩きまくる。ガンを切り取るという治療法は全く何の治癒効果もなかったということを認めることになるからである。
 治癒効果がないのに副作用として猛毒でのたうち回ったりしていると言うことは、あれは現代医学の治療が殺してきたと言うことだ。その肝心の主作用はまったく意味がなかった
(医療が儲かる意味がある)と言うことだ。つまり車の事故で言えば、わざと暴走ダンプのアクセルを踏み込んでで轢き殺しながら「もっと殺れ、もっと殺れ、オマエ、今月何人殺した?目標は100人じゃ。殺しまくって稼ぎまくれ」といって続けているのである。
 そして本当は何の治癒効果もなかったと言うことである。これがバレたりでもすればドミノ倒しに総崩れだ。
 なぜ私が痛烈に批判するか?それはこの犯罪は善意でまちがえているのではなく、とうの昔から気づいているからだ。そんな魔物にご丁寧に説明してもナメられるのがオチであるし、そんな言い方で改まるわけがない。あなたはこの世界の本当の恐ろしさに気がついていない!殺人の実行犯たちも、その精神中身はチンケな欲望にとりつかれた魔物である。見かけの誠実さは獲物を捕らえる罠である。
 今更認めるにしては余りにも壮大な被害になりすぎて、誰もその誤りを指摘できなくなっているのだ。
 言い出した医者はほとんど解雇されている。そんなことをポロッと話されて、患者がその事実に気づいたらマズイからだ。ましてや自分で何の判断能力も改革能力もない医者たちがこんなことを変えられるはずもない。真実に気づいて、自分で自衛するしか、この殺人療法の罠から逃れることはできないのである。
●殺人猟法理論を放置し、堂々と強行する医猟産業のホンネ
 彼らはこう思っているのだ。と言っても個人的にではない。集合意識としてである。どうせ獲物たちは、そこまで自分で調べないだろう。それに何より、その細胞分裂説という誤説は結果的に獲物を悪化させて、再治療というリピートを繰り返し、巨大な利益をもたらす。なにしろ、ガン細胞を殺すことが正当な治療となれば第三者に殺してもらうことを頼らざるを得ないからだ。ともに悪と闘ってくれる戦士というお助けマンビジネスが成り立つ。ここは知らんぷりして、患者を気遣うフリをして続けるほうが得策である。
 間違いを認めたら悪夢のはじまりだ。ガンは血液の汚染、生体の汚染などと認めれば、その治療はまったく違うものになり、自己解決になるから、まったく儲からない。自分たちの既得利権もことごとく崩壊することになる。
 そもそも血液の汚染から生じているとなれば、その解決方法は本人が血液を浄化する、汚染させないという自己解決しか方法がないということになる。
 そのことを心がけない限り、病気など、根本的に治るはずがないのである。この理論は、医者たちの出番を極限に少なくしてしまう、自分たちの存在価値を根底から否定することになるから、絶対に認めることはできないのだ。そんなことをすれば、飯の食い上げになるからだ。
 どうせ自分たちに頼ってくるのは、アホな獲物である。まさか気づくことなどないだろう。
 所詮、ほとんどの医者達は痛めつけて殺そうが、自分の生活のほうが大事なのである。どの道、いずれはバレたところで、世界中のほとんどの医者が多かれ少なかれ、その理論でやって稼いでいるのだ。ここはしばらく遠い未来にバレる日が来るまでタップリと稼いでおこう。自らドル箱をぶちまけるなんてアホだ。みんなでよってたかって痛めつけて殺せば怖くない。
 どうせ殺られる獲物たち自身も牛豚を殺して平気で食ってホクホクしているのである。そんな連中に慈悲心をかけて助ける価値も気持ちにもなれない。犯罪と罵られたところで、人間誰しもやっていることは同じようなことではないか。
 要するに今の人間社会が本気で助けたくなるような価値がないから、こんな殺人理論が続いているというのはホンネであろう。そしてそう思われても仕方がない人間がほとんどであり、そんな殺人罠から助ける価値のない世の中であることは私も感じているのである。ていのいい人口削減装置ではないか。

石原優實さんの血液
 この資料は、なんとなく書いてあると、その事の重大性には気がつかないが、現代医学の定説とは全く違う正反対のことを書いてあることに気がつくはずである。これが自室だとしたら他の本に書いてあることは何なのだ?と言うことになる。
 実は石原結實医師は、その重大な間違いに気がついたのである。医学教育の根幹から間違っていることに気がつかれたはずだ。
 そしてガン細胞は、性善説であると言われている。そして断食道場などをやっておられる。
 ところが、このようなことを言っている医者であっても、今のガン治療が大量殺人であるとか、現代医療が間違っているということはほとんど露骨には書かれていない。
 気がついた医者のほとんどがそうである。だから、その本を読んでいるガン患者もその多くはその本当の事の重大さに気がつかずに現代医療の治療と併用しているのだ。アクセルとブレーキを猛烈に同時に踏み込んでいるようなものである。


ルドルフ・ウィルヒョー(1821-1902)
彼の唱えた「細胞は細胞から生まれる」という150年程前のドイツ医学を根底に、今の医学理論、治療が構築されている。一度正しいと教えて、治療やビジネスが構築されるとあとで訂正することは難しくなる。
もし、これが間違っていたら、150年かけて、その上に構築された医療産業、医学教育、医者などの医療従事者、開発された治療や薬物はすべて根底から崩れて、崩壊することになる。彼らが自ら、その不都合な真実を認められるはずがない。

1859年[細胞分裂説]ドイツ人の生物学者ルドルフ・ウィルヒョウが細胞から突然ガン細胞が発生し、限りなく分裂、増殖すると発表。
1932年[赤血球分化説] 千島喜久男博士 赤血球から白血球、体細胞 ガン細胞に分化することを確認。赤血球は全ての細胞の母体であると既成の学説と対立。
1950年[細胞新生説]千島喜久男博士 ガン細胞は分裂しない。新生すると発表。
1954年[腸造血説]千島喜久男博士  食物が腸で直接赤血球に変わると発表。


「ウィルヒョウのガンの定義」にたどりつくでしょう。
 ウィルヒョウとは、一九世紀の細胞病理学者ですが、彼は、ガンを次のように定義しています。
「ガンは、細胞の突然変異によって生じ、宿主(患者)を死に至らしめるまで、無限の増殖を続ける」 なんという絶望的なイメージでしょう。いったんできたが最後、患者が亡くなるまで、どこまでも大きくなり続けるというのですから……。
 しかし、この定義は明らかに間違いです。
なぜなら、人間には誰でも毎日毎日、三〇〇〇とも五〇〇〇個ともいわれるガン細胞が新たに生まれているのです。もしウィルヒョウの言うように、そのガン細胞が、宿主が亡くなるまで無限の増殖を続けるとしたら、人類はとっくに、ガンによって絶滅したはずです。
 でも実際にはそんなことにはなっていない。NK(ナチュラル・キラ⊥細胞などの免疫細胞が、常に全身をくまなくパトロールし、ガンを見つけ次第やっつけてくれるからです。だから、健康を害するほどまでは、増えないのです。
 それなのに、いまだにこのとんでもない間違いが、もっとも感受性の豊かな若い医学生たちに教え込まれている。
 しかも、さらに困ったことに、大学の教科書には、自然治癒という言葉がどこにも載っていないのです。もちろん、自然治癒力という言葉もまったくありません。だから、ガンが自然に治ることなどないと、医学生や医者の多くは思っている。
 それでなくとも彼らは、ウィルヒョウの定義を擦り込まれているわけですから、国立がんセンターの権威ある医師たちも、自らガンは生活習慣病であると認めておきながら、その一方では、ガンが生活習慣の改善なんかで治るとは信じていない。とんでもない矛盾です。混乱しています。
 だから、見つけ次第、手術で切って取る、放射線で焼き殺す、抗ガン剤で毒殺する。その挙げ句に、患者さんが亡くなっても仕方ないとさえ思っている。





http://www.creative.co.jp/top/main2899.html

赤血球から細胞が生まれていた

 1940年、「千島学説」の生みの親千島喜久男は、九州帝国大学農学部畜産学研究室に嘱託として赴任した。それまで中等学校教師をしていた千島は教師を退職して、41歳から遅まきながら新しい研究人生を踏み出したのであった。

 恩師と仰いでいた丹下正治教授が千島に与えた最初のテーマは、「乳牛の尿による妊娠診断」というものだった。だが、妊娠した牛の尿を入手するのが非常に大変で、なかなか思うように研究が進まない。そこで千島は研究テーマをニワトリの卵を材料にした「胚の発生」に変えてもらい、その研究プロセスで驚くべき発見をしてしまったのである。

 驚くべきその発見とは、赤血球が原始生殖細胞や生殖腺の全ての細胞に分化、移行していたことだった。それまでの定説では、「生殖細胞は分裂増殖する」と言われていたのに、事実はこれに反して、赤血球から生殖細胞などが生まれていることを、千島は顕微鏡観察によって発見してしまったのである。そのときの驚きを、千島は次のように綴っている。

 赤血球から生殖細胞その他へ移り変わっている状態を見た私は、はじめは唖然として、自分の眼や頭を疑うほどのショックを受けた。しかし、何百枚ものプレパラートを入念に調べてみたが、細胞分裂によるのではなく、赤血球から変化するものであることを確認した。
 丹下教授に顕微鏡を見せて私見を述べたところ、はじめのうちは丹下先生も信じられないようだったが、根気よくそれを説明したところ、ついにそれを承認され、それを学位請求論文として提出するように言われた。(『血液と健康の知恵』)


 千島はそのとんでもない大発見を、妻に次のように伝えたという。

 これは大変なことになった。生物学はその第一ページから書き替えられなければならない。神は私に大きな仕事をさせようとしている」…と。(『千島学説入門』)

 実際、それはとんでもない大発見だった。「細胞は細胞の分裂によって生じる」というのがそれまでの定説で、それが生物学の最も重要な根本原理とされてきた。ところが千島が念には念を入れて何度注意深く顕微鏡を覗いてみても、明らかに赤血球から細胞が生まれていたのである。いったいなぜだったのか。なぜ他の人は細胞分裂を観察しているのに、千島にだけそんなとんでもない現象が見えたのか。実は、そこには、それなりの理由があった。

 それまでの研究者は、鶏の胚子の生殖腺(睾丸・卵巣)の組織発生を観察するに際し、胚子のウォルフ氏体(中腎)と付着している生殖腺を切り離して顕微鏡で見ていたが、千島はそれを切り離さずに中腎と生殖腺とを一体にした標本を何百枚も作って、来る日も来る日も根気よく顕微鏡で観察したのである。

 すると、中腎と生殖腺のできはじめのものには境がなくて連続的であり、しかもその境の付近には血管外に出た赤血球が無数に散在していて、それが原始生殖細胞や生殖腺の細胞に分化、移行していく様子をはっきりと確認することができた。千島と他の研究者との決定的な違いは、「標本の作り方」の違いにあったのである。

「通常時」と「異常時」のいのちのいとなみの違い

 問題は、標本の作り方が違うとなぜ全く違った現象が観察できるのかということだろう。他の研究者と千島の標本の違いは、「生殖腺を中腎から切り離して作った標本」と、「切り離さずに中腎と生殖腺を一体とした標本」の違いであるが、この両者で決定的に違ってくるものとはいったい何だろうか。それはずばり、「平常時」と「異常時」の違いなのである。

 千島がやったように、中腎と生殖腺を一体とした標本の場合、細胞は安心して本来の活動を続行することができるが、他の研究者のように中腎から切り離して生殖腺だけを単独に取り出すと、細胞はそこに異常な環境変化を感じ取って異常な活動を始め出す。危機状態に直面した細胞は、平常時とは全く違った活動を開始するのである。

 これは生物にとってはごく当たり前のことで、生き物たちは置かれた環境や直面した状況に絶えず柔軟に対応して生きていく。ちなみに植物も、太陽光があるときとないときでは全く違った化学反応を起こす。すなわち、太陽光が降り注がれていれば炭酸同化作用(光合成)を行うし、夜になって太陽光がなくなれば、同じ植物が昼の光合成とは全く違った呼吸作用に切り換える。それが生命あるものの基本的な姿であり、それを逆利用するかたちで人間は野菜工場のような近代的施設を作って、人工照明を当てっぱなしで短期間に野菜を収穫したりもする。しかり、環境や状況しだいで、生き物たちは行動パターンを大きく変える。それは同じ生き物である細胞の場合でも全く同じだったのである。

 しかしこれまでのほとんどの生物学者たちは生命のその基本を無視し、もっぱら細胞や血液を「全体」から切り離して観察し続けてきた。しかし細胞や血液は体全体とつながって生きているものであって、それを無視した観察から「本来のいのちの営み」を見ることはできない。異常な状態に置かれた細胞や血液は、当然のことながら異常な反応を示すからである。

 にもかかわらずこれまでの生物学や医学は、その異常状態での反応を絶対化し、それを「定説」として理論体系を組み上げてきた。そしてその結果、気がついたらとんでもない錯覚の学問体系を構築してしまっていたのである。

 
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