FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今日で日航機墜落事故から24年立ちました。




日航機事故の真実か空想か?

http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/454.html

安部氏が主張する事故原因、尾翼破壊の原因とはなんなのか。
それは、自衛隊の無人標的機が123便の尾翼に衝突して破壊したのだというのだ。事故当時、新造された護衛艦「まつゆき」が相模湾で試運転中だった。その「まつゆき」艦上からテストで無人標的機が発射され、123便の尾翼に衝突した、というのである。
「ぶつけたんじゃなくて、ぶつかってしまったんでしょ。標的機はジェットエンジンで高速で飛ぶものだから、当てようとしてもなかなか当たらないものだそうです」

民間機相手の訓練
この説を主張しているのは安部氏だけではない。
「雫石のあとでしょ。あの時は自衛隊機が全日空機を相手に戦闘訓練を勝手にやってて、それで後ろから突込んじゃった」
雫石事故とは71年、全日空機のジェット機727型機に航空自衛隊のF86F戦闘機が衝突した事件である。この時、自衛隊は全日空にも管制にも訓練を報せていなかった。この時、ある疑いがもたれた。自衛隊機が民間機の全日空機を敵機に見立てて戦闘訓練をしていて誤って衝突したのではないかという疑惑である。乗客乗員162名が死亡この時は航空幕僚長の辞任で収まっている。運輸省管轄の航空事故調査委員会はこの事故をきっかけに誕生している。
日航機事故の当時は第二次中曽根内閣。中曽根康弘が内閣総理大臣、航空を含めた運輸行政を司る運輸大臣は山下徳夫、防衛庁長官は加藤紘一、内閣官房長官は藤波孝生だった。もし安部説が正しいとしたら、この日航機事故の情報はどこまで上がっていて、誰が処理に関する全ての決定権を持っていたかということだ。
それは中曽根でしょう
安部氏は言う。
自衛隊機が民間航空機を仮想の敵機として訓練することは今もあると安部氏は睨んでいる。
僕がいたときはしょっちゅうだった。米軍機だけだよ。やんないのは。ほかの国は日本を含めて予算がないから、民間機を相手に訓練するんだよ」
無人標的機が衝突したという話を最初に聞いたのは、いつ、どういう機会だったのか。
「いつだったかな。日航の仲間からだったと思うけどね。彼らが自費で船を調達して、発見されなかった尾翼の部分を探しているって聞いた時かな。見つからなかったけどね。もうとっくに海上自衛隊が回収したんでしょう」

★撃墜された日航機
安部さんは123便が山に向かって北上したことにも、疑惑を抱いている。
「機長は大阪行きなら、もし伊丹空港での着陸がなんかの事情で不能になったら、すぐ代わりにどこに着陸するか考えるものです。123便は相模湾上空でなんだかわからないけどアネ―ブル・コントロ―ル(操縦不能)になった。あの場合、海に不時着することを考えるのが普通なんですよ」
操縦席では尾翼が壊れていることはまったく分かっていない。
「分かっていてもいなくても、操縦不能なんだから」
123便が海に向かわないで陸地に向かった理由は何だったのか。
「僕はね、最終的には撃墜するためだと思いますよ。本ではそこまで書けませんでしたけど。123便の操縦士は横田か福生に降りようとしていたと思うんですよ」
123便は海ではなく、山の方に故意に誘導されたと安部さんは主張する。では123便はいつ、どこで撃墜されたのか。
御巣鷹山近くの複数の住人が、123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言している。例えば123便が機体を安定させようとエンジンを操作し、最大のパワ―でジェットエンジンを噴出したとして、その排気を炎と見間違えることはあるのだろうか。
エンジンからの排気、または金属の機体が折りからの夕日を反映したということも考えられはする。検証をせずに123便に炎があったと断じることは危険である。が、そういう目撃談があることは事実である。
自衛隊の浜松基地から2機の戦闘機(F14)が発進してるんですよどの時点で撃墜するためのミサイルをぶっ放したか、僕は分かりません」

★NHKが故意に誤報した
自衛隊が、ダッチロ―ルで飛行している123便をなぜ撃墜する必要があったのか。
あの機体が横田でも福生でも羽田でも、もしあのまま着陸してしまったら、内閣、吹っ飛びますよ
安部さんはNHKが墜落地点を故意に誤報したとしている。NHKは翌日の朝まで墜落地点を長野県北相木村と報じた。これは報道陣をはじめとした人間たちを故意に違った地点に導くためだったとしている。
御巣鷹山は群馬県上野村にある。上野村の当時の村長は黒沢丈夫氏だった。のちに御巣鷹山に慰霊施設をつくり、登山道を整備した名物村長である。海軍兵学校を出た黒沢村長は戦争中は零戦のパイロットでミッドウェイ海戦にも出撃した勇士である。
その黒沢村長が飛行機乗りの経験者として村民の証言などから墜落地点を御巣鷹山だといちはやく推理している。のちにある座談会で、事故対策室や日航、自衛隊が墜落地点をなかなか特定できなかったことに疑問を呈している
安部氏は言う。
(NHKを使って)積極的にミスリ―ドしたことは間違いありません。それは、無人標的機の残骸と、最後に123便にとどめを刺したミサイルの残骸とそれに傷つけられた機体を回収するためです。シコルスキ―(自衛隊の大型ヘリコプタ―)を持っていってすぐ、生存者よりもなによりも早くそれを回収するため行ったんです。なにかオレンジ色の大きなものを釣り上げている写真を新聞社か週刊誌は持っていたはずですよ」
オレンジ色の部品は123便にはない。無人標的機の塗装色である。
当時、日航の大株主は日本政府である。35%の株を持っていた。
「日航ってお役所でしょう。僕の経験では、日航は政府にまるで頭があがらんでしょ。だって運輸省の下部組織みたいなものだったんだから」
安部氏は日航機事故をもう一度書きたいと言う。
「全日空にも日航にもエライさんに知っているのがいるんだけど、みな日航機事故のことをいうと黙るんだよね」
日本のマスコミは本当のことを言わないし書かない、調べようともしない。
「だから、本当のことを言い続ける僕の仕事がなくなることはない。日航機の事故は必ず書く。これはライフワ―クだと公言しているんです」



http://74.125.153.132/search?q=cache:7gYM3jsoOfcJ:blog.goo.ne.jp/ni836000/e/a6d3bea30e039e4e811d886074252be9+日航機+川上慶子&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp



「週刊朝日」にだいぶ前だが、「育ての母が語った 川上慶子さん その後の人生」という記事が載っていた。慶子さんの父親の姉、つまり伯母に当たる小田悦子さんが記者のインタビューに応じられての内容だ。”あの日”、慶子さんは父親(当時41歳)と母親(同39歳)、そして妹(同7歳)と共に123便に乗り合わせていた。当時大阪に在住していた小田さんの家を訪ねる予定だった。待てど暮らせど来ない弟一家に気を揉んでいる中、日航機が行方不明になっている事を知ったという。翌日になって現地に駆け付ける途中のTV画面で、姪っ子の慶子さんが救出されるシーンを目にする事となった小田さん。慶子さんの逆立つ髪の毛にその恐怖心の凄まじさを感じ、又、近くに居た人から小声で「良かったですね。」と囁かれたものの、他の家族の安否を思うと手放しでは喜べなかったのだとか。

その後、生存者達の証言から明らかになっていったのが、墜落直後にはかなりの人が生存していたという事実。”その時”の話を小田さんも慶子さんから聞いたという。

墜落した時は、大分多くの人が生きてはって、御父さんも咲子ちゃん(妹)も未だ生きてて、御話しててね。あっちでもこっちでも、がやがやと話し声が聞こえて来て・・・。」

「(残骸から)抜け出そうとして動くと足が痛くなる。そう言うたら御父さんは動かん様になった。段々動かなく、物を言わない様になった。咲子ちゃんも吐いた物が喉に詰まる様な感じになる。『御婆ちゃんと、又皆で元気に仲良く暮らそうな。』と言って上げたけど、げえげえと言い出したと思ったら静かになって、咲子ちゃんも死んだみたいや・・・。廻りで皆が話してはった声も、段々聞こえなくなって・・・。」

事故から10年後に元米国軍人が証言した話に拠ると、なかなか現場を特定出来なかった自衛隊や警察を尻目に、在日米軍のヘリは逸早く現場を特定していたという。日本のレスキュー隊が現場に到着する約12時間前には、在日米軍のヘリが既に現場に到着していたものの、「日本側が現場に向っているので帰還せよ。」という上官の指示で現場には降りなかったのだとか。在日米軍による誤爆で、123便は撃墜されたという説も在る。)確かに、慶子さんもその事を語っている。


(暗闇の中)ヘリコプターの音が聞こえて来て、赤い明かりも見えて、真上迄来て止まってホバリングみたいにして・・・。『ああーこれで助かるわ。』って皆で言ってたら、ヘリは引き返した。『これで場所が判ったから、又皆で沢山来て助けてくれる。』と話したけど、それきりで来ん様になった。その内、皆話さなくなった・・・。」

あの時早く助け出していてくれれば、もっと多くの人命が救われたのに・・・。」と、慶子さんは何度も語っていたというが、本当にその通りだ。日米間のセクショナリズムか、はたまた何等かの”意図”が在ったのか不明だが、人命第一で動くべきであったろう。


http://310inkyo.jugem.jp/?eid=776



「・・・だろう」とか、「・・・に違いない」といった推測はいろんな説あるけど、たしかな真実についてはわかっていない。
しかし少なくとも、政府や事故調らの言ってる「圧力隔壁の修理ミスが原因で・・・」というのは百パーセントデタラメだということだけは確かだ!

このことについては、政府・事故調以外のほとんどの専門家らが指摘しており、そのことを最もよく知ってるはずの国内大手航空会社のパイロットらで構成する日本乗員組合も真相究明を訴えている。

そして政府らは、最初、相模湾上空で尾翼部分の破壊が起こった際、壊れた部分が相模湾に落下しているのを当然回収して調べるべきなのに、ほとんど回収していない。(若しくは実際は回収してて証拠隠滅した)



事故現場のあまりに悲惨な様子を写した数多くの写真を見ても、単なる墜落事故ではあり得ないことがわかるし、とくに、燃料タンクからも離れてる操縦室付近が跡形も残らないほどひどい燃え方(破壊のされ方)だったというのはなぜなのか?

この「圧力隔壁の修理ミスが原因」というのは元々、情報操作・捏造の得意な米国から押し付けられた?原因発表のようだ・・・


事故・事件から十年以上経って、ようやく有志によって手に入れ公開されたと言われてるボイスレコーダーのコピーだけ載せておきます。

すでにあちこち編集・削除されてて一番重要と思われる部分は知ることができません。
とくにスクランブル発進し平行して飛んでた自衛隊機と一度の交信もなかったなど考えられないことで消されたとしか思えません。
というより、事故調の捏造報告を信じ込ませるため故意にこの捏造テープを出回らせた可能性も多分に考えられます。
たとえば、昨年7月に載せた記事「御巣鷹山日航ジャンボ機事件、事故調によるボイスレコーダの捏造!」でも、著者が当初聞いたボイスレコーダーでは「スイッチを押している方がいらっしゃるんですが、よろしいでしょうか?」だったのが、「たいとおっしゃる方がいらっしゃるんですが・・」に変えられており、しかもネット上で出回ってるので一番長いものでもその部分から始まってるのしかないというのも、いかにも作為的なものを感じる!
(よく考えてみれば、おかしいことがわかる!
政府らは、これは絶対公表してはならないとしてたものであり、ずっと隠し通すのであればわざわざ編集・カットする必要などないわけだし、
一方、こっそり持ち出したという人間にすれば、なぜ持ち出したかとなると当然真相を世間に伝えたかったからということになるはずで、だとすればやはり大事な部分を全てカット・編集する理由がないわけで・・・)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

日航ジャンボ123便の際、ソ連から5000万円の裏金を受け取り、救助を遅らせ生存者虐殺を招いた元上野村村長黒澤丈夫氏が死去した。

日航ジャンボ123便の際、ソ連から5000万円の裏金を受け取り、救助を遅らせ生存者虐殺を招いた元上野村村長黒澤丈夫氏が死去した。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

harpman

Author:harpman
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
カレンダー
06 | 2019/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。