安倍首相の危機管理対応の失敗/アルジェリア人質事件→危機管理対応ミスを隠すことで支持率上昇。

安倍首相はアルジェリア軍の攻撃がすぐにも始まると知りながら、
セラル首相への攻撃中止要請が行われたのは、攻撃が開始されてから、4時間経過後。

アルジェリア軍の攻撃開始前に、安倍首相からセラル首相への説得は何もなかった。


アルジェリア軍の攻撃開始の2時間前の、1月17日18時(日本時間)にキャメロン首相と緊急電話会談が行われた。

電話口で英国のキャメロン首相の声は、切迫感に満ちていた。

 「アルジェリア軍はすぐに攻撃を開始するかもしれない。安倍首相からも説得してほしい」「米英で『暗視ゴーグルや無人偵察機など機材の支援は惜しまない』と言っているんだが、アルジェリアは受け入れない」

 東南アジア歴訪中の安倍は、バンコク市内のホテルで日英首脳電話会談に臨んだ。
現地時間の17日午後4時(日本時間17日午後6時)。

 電話会談でのキャメロンの口調に、予想以上に事態が悪化していると知った安倍は、「私からも人命優先をアルジェリアに求める」と約束した。
(YOMIURI ONLINE)


しかし

その後の晩さん会まで首相は、大学視察なども含めて予定していた行事をすべてこなしており、切迫感が希薄だったとの指摘は免れない。

アルジェリア軍が軍事作戦に踏み切ると、首相一行はにわかに焦りの色に包まれた。
(時事通信)




世に倦む日日‏@yoniumuhibi
過激派によるプラント襲撃は16日に発生、17日夜にアルジェリア政府軍が急襲作戦を強行。つまり人質の命を分けたのは17日だ。この日、安倍晋三は何をしていたかと言うと、悠然とタイの大学を視察して植樹式に参加。在留邦人と懇談、晩餐会でタイ料理。

世に倦む日日‏@yoniumuhibi
安倍晋三がアルジェの首相に電話した(という話になっている)のは、17日夜の政府軍による攻撃が始まった後。つまり後の祭りのアリバイ工作だ。
17日、外遊を中止して帰国すべしという声を無視し、タイで漫遊を続けた。
植樹祭だの懇談会だの晩餐会だの。http://p.tl/ss3U


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この対応の遅れが隠されたことで、
アルジェリア人質事件への政府対応は高い評価を得ている。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2701M_X20C13A1MM8000/
安倍内閣支持率68%に上昇 金融緩和・危機管理を評価
本社世論調査
日本経済新聞 電子版


http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130128/plt1301281215003-n1.htm
日本人10人が犠牲となったアルジェリア人質事件への政府対応についても、日経では61%が「適切だ」と答え、共同では63・3%が評価。

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/130128/mca1301281145012-n1.htm
 アルジェリア人質事件への対応が適切かを尋ねたところ、58・0%が「適切」と答え、「不適切」は26・6%にとどまった。


http://mainichi.jp/opinion/news/20130119ddm003030126000c3.html
日本時間
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http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1805T_Y3A110C1EA2000/?df=2
現地時間
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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130122-OYT1T01698.htm?from=top
安倍首相、声を荒らげ「攻撃どういうことか」

 「危機管理の重視」を掲げて発足した安倍政権。


 今回の事件は政権の危機管理能力を問う最初の機会となったが、事態は日本政府の手が及ばないところで激しく動いた。

     ◇

 電話口で英国のキャメロン首相の声は、切迫感に満ちていた。

 「アルジェリア軍はすぐに攻撃を開始するかもしれない。安倍首相からも説得してほしい」「米英で『暗視ゴーグルや無人偵察機など機材の支援は惜しまない』と言っているんだが、アルジェリアは受け入れない」

 東南アジア歴訪中の安倍は、バンコク市内のホテルで日英電話首脳会談に臨んだ。現地時間の17日午後4時(日本時間17日午後6時)。アルジェリアで武装勢力による人質事件が発生して丸1日経過していた。

 電話会談でのキャメロンの口調に、予想以上に事態が悪化していると知った安倍は、「私からも人命優先をアルジェリアに求める」と約束した。

 キャメロンの危惧は的中した。会談から数時間後、アルジェリア軍は、関係国への通告なしで武装勢力への攻撃に踏みきった。

 安倍は17日深夜(同18日未明)になって、タイから、アルジェリアのセラル首相に電話した。

 「人命優先を要請していたはずだ。攻撃するとは一体どういうことか。米英の支援を受けたらどうか」

 声を荒らげる安倍に、セラルは聞く耳を持たず、「我々が一番うまく対応できるんだ」と答えた。(敬称略)

(2013年1月23日06時23分 読売新聞)



http://news4dom.blog.fc2.com/blog-entry-2176.html
◇目玉演説キャンセル

 「17人の邦人のうち14人の安否が分からない。早く帰って指揮を執った方が良いと考えた」。外遊最後の訪問国インドネシアで18日午後(現地時間、以下同)、首相は沈痛な面持ちで記者団に帰国前倒しを説明した。
 首相は同日夜、安倍外交の基本方針に関する演説を予定していた。海洋進出を活発化させる中国をけん制する狙いもあって、法の支配による海洋安定など外交戦略5原則を「世界に向けて発信したい」と意気込んでいたが、事件の急展開でキャンセルせざるを得なくなった。
 首相は最初の訪問国のベトナムに着いた16日午後、宿舎で人質事件の一報を受けた。その後は、菅義偉官房長官や麻生太郎副総理・財務相と電話で頻繁に連絡を取りながら、「人命最優先」などの指示を出した。首相周辺によると、タイのインラック首相との17日夜の会談では、事務方に随時メモを入れさせ、情報把握に努めた。
 ただ、その後の晩さん会まで首相は、大学視察なども含めて予定していた行事をすべてこなしており、切迫感が希薄だったとの指摘は免れない。
 アルジェリア軍が軍事作戦に踏み切ると、首相一行はにわかに焦りの色に包まれた。17日深夜、首相はアルジェリアのセラル首相に急きょ電話し、「人質を危険にさらす行動は厳に控えてほしい」と激しい口調で作戦中止を求めるとともに、邦人の安否をただした。しかし、セラル氏には「オペレーション(作戦)の段階にあり、(安否は)何とも言えない」とかわされた。

 ◇「犠牲出れば大変」

 各種世論調査で軒並み高支持率を得て、好調なスタートを切った安倍内閣だが、危機管理対応を誤れば足元が揺らぎかねない。
 民主党政権は、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件や東日本大震災の初動対応で混乱し、求心力を弱めた。人質事件を受け、安倍政権は対策本部を相次ぎ開催。人命第一の方針の下、城内実外務政務官を首都アルジェに派遣したり、在アルジェリア大使館の人員を増やしたりして、情報収集に全力を挙げた。
 しかし、菅官房長官が「現場が首都から1000キロも離れ、周辺の飛行場も閉鎖され、立ち入りが禁止されている」とこぼしたように、情報収集は難航を極めている。あまりの情報の少なさに「情報を持つ米国へ行った方がいい」(政府高官)と、18日に予定通りワシントンへ向かった岸田文雄外相への期待も漏れる。
 「出てくる話が全て外国通信社電だ。何が起きてるのかさっぱり分からない」。民主党中堅議員は政府対応を批判し、与党にも「犠牲者が出たら大変なことだ」(自民党ベテラン)との懸念の声が出ている。

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がん放置療法のすすめ→癌で何もしないことが有効な治療法となる場合がある



がん治療の方法として「がん放置療法」を近藤誠医師は勧めている。

「がん放置療法」とはがんの治療をしないこと。
がんは発生場所や症状、年齢、進行度によって全く異なったものとなり、治療方法をひとまとめにすることができない。

しかし
「がん放置療法」という考え方があることを知っておくことは極めて大事なことである。

「がん放置療法」を知らなければ
手術第一主義の医者がほとんどであるから、直ちに手術で患部切除が行われ、もはや取り返しのつかないことになってしまう。

がんになったとき慌ててはいけない。
がんを放置することがもっとも有効な治療法である場合がほとんどであるから。


近藤誠氏はがんは2種類あるとしている。

「本物のがん」と「がんもどき」

放置しても転移することがない「がんもどき」

どんな治療をしても治らない「本物のがん」


がんが「がんもどき」「本物のがん」いずれであっても、「がん放置療法」という考え方は有効である。


「がんもどき」であった場合、

がんを放置することは最善の治療方法となる。
何もしないで、定期的に検診を行い、経過を観察するだけですむ。
「がんもどき」=放置しても転移することがないがん、なので、やがてがんは消失していく。

一方

「本物のがん」であった場合でも
がんを放置することには、メリットがある。

がんを放置することでより長く生きることができる。
うまくいけば、がんを抱えたまま天寿を全うできるかもしれない。

なぜがんを放置すれば、長生きできるのか?
言い換えれば、
がん手術を行わないことが、より長く生きる上では重要である。

がん手術のデメリットとは

①がん手術によって「基底膜」が傷つけられる。


「本物のがん」が転移するための最大の障壁が「基底膜」。
手術は、この防壁「基底膜」を破壊すること

「本物のがん」=「転移能力を持つがん」の進行プロセス。
がん細胞化した上皮細胞が基底膜というバリアを超えなければ、転移は起こらない。
基底膜を越えるために「本物のがん」は特殊なタンパクを出す。
タンパクが基底膜を溶かして、がん細胞が外に出る。
がん細胞がタンパクを出すことが転移の必須条件となる。
ところが
手術することで基底膜を傷つければ、タンパクの助けを借りずに容易にがん細胞が外にでることができる。
その結果
がん転移が促進される。

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②がん手術をすることは、腹膜転移を進めること。

腹膜が、がん細胞に対するバリアーの役割を果たしている。

腹膜にびっしり転移が存在していても、それだけでは症状は以外と軽く、腸閉塞もあまりみられない。
(腸閉塞が見られるのは、手術後。)

つまり自然状態では、転移病巣は腹膜の奥にむかって成長する力は弱い。

腹膜ががん細胞に対するバリアーの役割を果たしている時に、
腹膜を切り裂くのは、泥棒が高い塀を越えられないのに、塀を壊してあげるのに似ています。
腹膜の向こう側に達したがん細胞は悠々と増殖することができ、腸閉塞をも引き起こすのです。



http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E7%B6%B2%E5%9A%A2_%E7%B6%B2%E5%9A%A2%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
腹膜は赤線
臓器の周辺を覆っている。
腹膜はがん細胞の侵入を防ぐバリアとなっている。

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腹膜転移はどのようにして生じるのか。
胃癌の場合は、粘膜下層、筋層を通って、腹膜に達します。
これらの細胞の中には、腹腔にこぼれ落ちる細胞が生じ、正常でも、少量存在する腹水の中を漂うことになる。
しかし、別部位の腹膜に取り付いて増殖するには若干特殊な能力を必要とするようです。
という理由は第一に鍵穴と鍵物質の関係。

第二には腹膜にびっしり転移が存在していても、それだけでは症状は以外と軽く、腸閉塞もあまりみられない。
(腸閉塞が見られるのは、手術後。)
つまり自然状態では、転移病巣は腹膜の奥にむかって成長する力は弱いようなのです。
それなのに手術でお腹を切り裂いたらどうなるか。

腹膜ががん細胞に対するバリアーの役割を果たしている時に、
腹膜を切り裂くのは、泥棒が高い塀を越えられないのに、塀を壊してあげるのに似ています。
腹膜の向こう側に達したがん細胞は悠々と増殖炉することができ、腸閉塞をも引き起こすのです。

上述したことは腹膜転移が見られる
大腸がん、膵臓がん、卵巣がんにも妥当します。

では患者、家族はどのように行動したら良いのか。

1999年11月、当時62歳の男性が、早期胃癌との診断で胃の摘出手術を勧められ、私の外来を受診されました。
精密検査の結果、一応早期がんですが粘膜下層にまで達しており、直径は5センチ。
生検では「未分化がん」との診断でした。胃の「未分化がん」にはタチのよいのも含まれますが、
他方でタチの悪いスキルスがんも「未分化がん」です。この患者さんは、一応早期がんでも、スキルスがんの前身である可能性が高いと考えました。


検査結果が揃ったところで私は説明を始めました。

早期胃がんで、粘膜下層に留まっているという診断です。
ただし、がんがどこまで達しているかは断定できず、スキルスがんの一歩手前の可能性もある。
どの病院でも、手術を勧められるでしょう。
しかし、
手術が妥当かは別問題です。まず手術した場合を説明しましょう。
あなたは胃の部分摘出術になるでしょうが、開腹して、がんが予想以上に広がっていた場合には、全摘術になる。
手術の合併症、後遺症は私の本をお読みになったそうなので、何か分からないことがあれば、質問して下さい。
胃のスキルスがんは、タチが悪いと言われているが、血流を介した転移傾向は少なく、たいていの場合、死因は腹膜転移です。

もし腹膜に達していたなら、手術すると、寿命は確実に、縮まります。

逸見さんのように、一年以内の可能性も高く、五年生きられる人は一パーセント程度でしょう。

次に手術しなかった場合ですが、がん細胞が腹膜に達っしていない場合には、放っておいても腹膜に達することができず、天寿をまっとうできる可能性がある。
が、あなたの具体的余命は不明です。

こういうばあい、これから一年の間に死亡する可能性がどれほどあるか考え、一年間生きることができたら、次の一年の予想を立てるのがよいでしょう。

あなたの場合、放っておいても、これから一年の間に死亡する可能生はゼロです。

一年以内に死亡する可能性があるのは、胃摘出手術した場合と、抗がん剤治療をした場合だけです。

胃袋は放射線感受性が高い臓器で、放射線治療で重篤な合併症が生じる可能性がある。
取るべき症状がないという、あなたの現在の状態では、放射線治療はお勧めできない。

もっとがんが増大して、閉塞症状等が生じてきたら、放射線治療が妥当な場合もありえます。

説明終了後、このまま仕事を続けたいとの希望で、半年に一度、検査や診療をすることになりました。
原発病巣はだんだん進行し、2001年4月の検査では、はっきり筋層に入っているという見立てでした。

それでも本人は手術を希望せず、私も手術を勧めることはなく、2002年10月には腹膜に達している可能性があると診断され、2006年9月には、腹膜に達していると診断されました。
それでも元気でしたところが初診時から9年立った2008年9月に、大便が細くなったとの訴えがあった。おそらく腹膜転移が大腸周囲にはびこって、内腔を狭めたものと思われます。

そのまま様子を見ると、2009年1月には、調子が悪い、食が減った、便通が良くない、ときどき下腹部が痛い等の訴えがあった。

すべて腹膜転移で説明できますが、根本的な治療がないので、下剤等の対症療法をしました。
体調はゆっくり低下していきました。
しかし、仕事は続けられました。
そして10月に、近所の病院に入院。
息子さんの話では、最後まで意識ははっきりしていたが、肺に水が溜まって苦しくなり、麻薬の増量を希望され、2009年10月18日に亡くなられたとのことです。享年72。合掌。

この方の経過について2点だけ指摘しておきましょう。
経過から見て、初診時から腹膜転移があったと考えるのが妥当で、手術をしていれば、一年、二年の命だったはずです。
それが10年生きることができました。
第二には腹膜転移による症状が出現しましたが、食事も可能でした。
食べたものを吐く、それを軽減するための鼻から腸までのチューブを入れておくといった、手術後に生じる腸閉塞症状とは雲泥の差です。
胃癌の胃摘出手術には、得になることは一つもないようだと改めて実感した次第です。

癌で苦しまずに、死ぬために知らなければならないこと→癌死=安楽死

中村医師は「抗がん剤や放射線をした場合の最期が、必ず痛むかどうかはわかりません。
しかし、治療をしなかった人は痛まなかったということだけは言えます」



食欲が落ち、やせてきて、胃腸の具合が思わしくないということで入院した海老原卓二さん(70)は検査の結果、進行性の胃がんで余命三ヵ月と診断された。

がん性の腹膜炎を起こしていたが、がんに対して積極的治療の意思がなかった海老原さんは二週間で退院してホームに戻ってきた。

痛みは全く訴えなかったが、がん性腹膜炎で腹水が増え、蛙腹がだんだんひどくなっていく。

しんどがるようなら、腹水を抜かなくてはと中村医師が思っているうちに傾眠状態となり、口から一滴の水も摂ることができなくなる。

その後、海老原さんは何の治療もしなかったが、最後まで痛みを訴えることなく、安らかに息を引き取ったという。

驚いたことに、亡くなった時には、あの出っ張った蛙腹がぺしゃんことなり、完全に腹水が消えていたという。

「人間、生きるためには水分が必要です。口から水分を摂れなくなった海老原さんは、身体にある水分を全部使い果たして亡くなったのです。人間の自然の身体の仕組みはこんなにすごいものなのかと、感嘆しました」


最期まで痛みが出ないがん患者が十人くらい続いたという。

十人に共通していたことは
がんが手遅れで発見され、その後、抗がん剤や放射線などの治療をせずに、
いわば、がんを「完全放置」していたことだった。


自然死とは餓死なんです。

もう死に時がきているから欲しくない。

おなかが空かない、のどが渇かないから

餓死なんだけど、全然本人にとっては、普通のことなんですね。

自然の流れなんです。

しかも

飢餓状態っていうのは、頭の中から「エンドルフィン」というモルヒネみたいな物質がでるらしい。

気持ちよくなるらしい。

まどろみの中で、この世からあの世へ移っていくのが

実は死ぬっていうこと。



安楽死っていうのはご高齢の方だけしかできない?

30代40代の方が、もし何もしないと言っても回りが許さない。

→安楽死という選択肢があることを、がん患者と家族が知らない。


中村医師
人様には強要はしませんが
繁殖を終えた人はもうそろそろ、考えた方がいいのではないかと。





http://blog.goo.ne.jp/hs33_001/e/5dd17e87d79e34f2c41e0f135e9a71f2
医者には診せない 苦しまずに死ねる「自然な最期」~ベストセラー医師が明かす大往生の秘訣~
(出典)週刊文春2012/03/29号P52~55
(ジャーナリスト)塩田芳享
―――――――――――――――――――――――――――――
ベストセラー「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者・中村医師は、老人ホームで末期がんの入居者を数多く看取ってきた体験から、ある一つの確信を得るようになった。がんになっても医療を受けず、「完全放置」すれば、全く苦しむことなくあの世に逝ける――。
―――――――――――――――――――――――――――――

厚生労働省は二〇一二年度を「新生在宅医療・介護元年」と銘打って、在宅医療・介護の推進を呼びかける。厚労省の調査では、六割以上の人が自宅での最期を希望しながらも、実際は病院で亡くなる人が八割近い。住み慣れた我が家で最期を迎える人はわずか15%に過ぎないのだ。
 
二月二十五日に放送されたNHKのスペシャルドラマ『家で死ぬということ』は、住み慣れた岐阜県の旧家で最期を迎えたいと願う末期がんの老女の物語だった。しかし老女の希望は簡単に受け入れられない。東京に住む娘夫婦が入院させようと画策するからだ。「がんの末期は大変苦しいものだ。病院に入院しなければ、その苦しみには耐えられないだろう」--東京の娘夫婦はそう危惧したのだ。

「末期のがんは苦しいもの」-そう考えている人は大変に多い。実際に、日本緩和医療学会の調べでも、がんと診断された時点で痛みを感じる人は30%に対して、末期がんの場合は75%の人が痛みを感じていると報告されている。

しかし、「がんの最期は苦しいもの」という常識に異議を唱える医師が、いま大きな注目を集めている。今年一月に『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書)を出版した中村仁一医師(71)だ。わずか一ヵ月半で二十六万部も売れているという。なぜ、この本が多くの読者の心を捉えたのか。それは中村医師が、自ら勤務する老人ホームのデータによって、「自然の最期は苦しまない」「死は恐いものではない」ことを実証してくれたからだ。

「私自身、六十歳でこの老人ホームに来るまでは、がんの最期は苦しいものだと考えていました。そう考えることが医療界の常識でしたし、苦しむがん患者しか診ていませんでしたから」
 
そう語る中村医師は京都大学医学部を卒業後、内科医として京都の民間病院に勤務。介護保険が始まった平成十二年から、京都にある社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所の常勤医となる。「同和園」に来るまでは中村医師も「がんの末期の痛みをとるためには、麻薬を使うのが当たり前」と考えていたという。

「病院に勤務している頃は、胃がん、直腸がん、肺がん、肝臓がんなど、色々ながんを診てきましたが、大なり小なりの差こそあれ、患者さんはみなはっきりと痛みを訴えていました。そして痛みを訴える人には必ず麻薬を使う。それが常識だったのです」

その常識が「同和園」に来て大きく覆されてゆく。実際に「同和園」では、こんなことが起こっていた。「同和園」に入居していた山川悟さん(79、以下患者はすべて仮名)が吐血し、病院に入院することになった。そして精密検査の結果、手遅れの胃がんだと判明する。しかし、山川さんは中等度以上の認知症を患っており、なおかつ七十九歳という高齢。家族は積極的治療を望まず、「同和園」で看取ってほしいと要望する。

普通なら末期のがん患者を医療体制の整っていない老人ホームに戻すことなど考えられないことだという。末期のがん患者のほとんどが激しい痛みを訴えるものと考えられているからだ。しかし、中村医師は家族が望んでいるならと、ホームで看取ることにした。だからといって成算があったわけではなかった。

◎52人全員が痛みがなかった

「このホームには麻薬をおいていなかったので、いくところまでいって、痛みが出たら病院に送ろうと考えていました」
しかしそれは杞憂に終わった。病院でなんの治療もせずにホームに戻った山川さんは、痛みを訴えるどころか、コールタールのような黒い便が普通の便に変わり、食事ももりもり食べるようになった。血液検査をしたところ、貧血も改善し、正常の域に達していった。その後も痛みが出ず、外出するなど普通の生活をすることができるまで回復したという。病院からは、余命はせいぜい二~三ヵ月と言われた山川さんは結局、一年近くも普通の生活を続け、最後まで苦しむことなく安らかに亡くなったというのだ。

このホームに来るまで、中村医師は「最期まで痛みが出ないがん患者」がいることなど、全く念頭になかったという。山川さんのケースは偶然でなかった。こんなケースもあった。

食欲が落ち、やせてきて、胃腸の具合が思わしくないということで入院した海老原卓二さん(70)は検査の結果、進行性の胃がんで余命三ヵ月と診断された。がん性の腹膜炎を起こしていたが、がんに対して積極的治療の意思がなかった海老原さんは二週間で退院してホームに戻ってきた。痛みは全く訴えなかったが、がん性腹膜炎で腹水が増え、蛙腹がだんだんひどくなっていく。しんどがるようなら、腹水を抜かなくてはと中村医師が思っているうちに傾眠状態となり、口から一滴の水も摂ることができなくなる。その後、海老原さんは何の治療もしなかったが、最後まで痛みを訴えることなく、安らかに息を引き取ったという。驚いたことに、亡くなった時には、あの出っ張った蛙腹がぺしゃんことなり、完全に腹水が消えていたという。

「人間、生きるためには水分が必要です。口から水分を摂れなくなった海老原さんは、身体にある水分を全部使い果たして亡くなったのです。人間の自然の身体の仕組みはこんなにすごいものなのかと、感嘆しました」

中村医師が「同和園」に来て以降、最期まで痛みが出ないがん患者が十人くらい続いたという。これはもはや偶然ではない。中村医師はそう思うようになっていった。十人に共通していたことは、がんが手遅れで発見され、その後、抗がん剤や放射線などの治療をせずに、いわば、がんを「完全放置」していたことだった。これは中村医師が勧めたことではなく、本人や家族が望んだからだという。

彼らを診ていくうちに、中村医師はこのような考えに行き着く。「末期のがん患者はのたうちまわるほど苦しむと思っていたのに、十人の患者の誰一人、がんの痛みで苦しむ人がいなかった。がんが発見されるまでも痛みが出ず、その後、亡くなるまで全く苦しんでいない。がんという病気は、『完全放置』していれば、全然苦しむことはないのかもしれない」

この考えが、どれだけ正しいのか。平成十五年から平成二十二年までの間に「同和園」でがんで亡くなった人の数は五十二名。年齢とがんの種類は様々だが、驚いたことに麻薬を使うほどに痛んだケースは1例もなかったというのだ。五十二名中、ホームで最期まで看取った人は二十七名。それ以外の二十五名は病院で最期を迎えたが、彼らも痛みを訴えたから、入院したわけではない。胃や腸から大量の出血をしたり、肺炎になったり黄疸がでたりしたために、「最期は病院で」という家族の要望があったからだという。

もちろん痛みを訴えた人が、まったくいなかったというわけではない。九十九歳の女性は首に大きなしこりができたので、病院で検査したところ、どこかから転移したがんであると診断される。詳しく知るためには精密検査が必要だったが、高齢であることから、家族は治療も精密検査も望まず、ホームに戻ってきた。

その後、しこりは急に大きくなり、女性は痛みを訴えたのだが、その痛みは、冷却シートを貼るだけで治まってしまったというのだ。「がんの痛みが冷却シートぐらいで治る訳がありませんから、これはがんの痛みではなく、しこりが急速に大きくなったため、皮膚が引っ張られて、それを痛みと感じるようになったんだと思います」

以前は、がん患者が痛みを訴えたら、すぐにそれはがんの痛みと考え、麻薬を使っていたこともあったという中村医師だが、「同和園」に来て、その考えが大きく変わったという。「がんの患者が痛みを訴えると、なんでもがんの影響だと考える傾向が強いような気がします。ここに来て、そのことがよくわかるようになりました。お尻がただれて痛いという患者に麻薬を使う医師がいるほどですから。がん患者の痛みの中には、がんの影響ではないものもかなりあると私は思うようになりました」

◎病院のがん患者との違いは何か

中村医師は十六年前から「自分の死を考える集い」という市民グループを主宰している。
「いまの時代、“死”をタブー視し、遠ざけるあまり、“生″もおかしなものになっている。“自分の死”を考えることは、“死に方”を考えるのではなく、死ぬまでの“生き方”を考えることなのだ」

中村医師のこんな考えに共感した人が全国から集まってくる。なかにはがんと診断された人もいる。検査の結果、肺がんと診断された森野茂一さん(79)もそんな一人。森野さんは診断後、担当医からこう言われたという。

「八十歳なら手術はやらないが、あなたは七十九歳だから手術しよう」なぜ、一歳だけの違いで手術をするかしないかが決まるのか――。そう考えた森野さんは医師に不信感を持つようになる。そして「集い」にやってきて、中村医師の考え方に共感し、その後一切の医療との関わりを絶つことになる。手術の勧めを拒否し、肺がんを「完全放置」した森野さんはその後どうなったか。

なんと、その後四年三ヵ月間も好きな卓球を続けながら、QOL(生活の質)も全く落ちることなく、普通に生活を続けることができたというのだ。さすがに亡くなる1ヵ月前には、へたりこんで力は衰えたというが、最後まで呼吸困難もなく、痛みも全く出なかったという。しかし、亡くなる間際に問題が起きた。どこの医者にもかかっていなかった森野さんには、亡くなった後に死亡診断書を書いてくれる医師がいなかったのだ。そうした場合、「不審死」として警察が入って厄介なことになる。中村医師は森野さんに至急、往診医を探すよう助言する。八方手を尽くしてなんとか往診医を見つけるが、医療との関わりを絶ったがん患者など、普通の医師からすれば常識外だ。往診医から、「入院しろ、検査しろ、点滴しろ」と厳しく迫られたという。

当初は頑なに拒否していた森野さんだが、仕方なく一回だけ点滴注射と血液検査を受けた。そのとき、肺がんの腫瘍マーカーの数値のあまりの高さに医師は驚いたという。だが、最期まで全く痛みを訴えることもなく、苦しむこともなかった。そして、何の治療もしないことに猛反対だった子供たちが、「よくぞ、こんな穏やかな死を見せてくれた」と感謝したほど、森野さんの最期は安らかなものだったという。

前述したように、中村医師は、以前は「がんの最期は苦しむもの」が常識だと考えていた。だが、「同和園」で診た七十人以上のがん患者には、一人も麻薬が必要な人はいなかった。その違いは何なのか?実ははっきりとした違いがあった。「同和園」の人たちは、がんが手遅れで発見され、さらに高齢でほとんどの人が認知症を患っているために、抗がん剤や放射線などの治療を一切していない。

中村医師が以前勤めていた病院で診た患者は、すべて手術をした後か、抗がん剤や放射線の治療をしている人たちだった。「抗がん剤や放射線をした場合の最期が、必ず痛むかどうかはわかりません。しかし、治療をしなかった人は痛まなかったということだけは言えます」

筆者は本誌昨年九月二十九日号の「病院で死なないための『理想の看取り』」という記事で、延命治療などの医療に頼らずに「自然な最期」を迎えた人たちの事例を取り上げた。

東京・世田谷にある特別養護老人ホーム「芦花ホーム」に入居していた武藤公江さん(89)は誤嘸性(ごえんせい)肺炎を起こして救急病院に運ばれた。幸い肺炎はすぐに治まったが、その後医師から「胃ろう」をつけるよう強要される。しかし、これを夫は頑なに拒否した。認知症の妻の体に管を付けて、みじめな姿にさせたくないというのが理由だった。口から食べられないと宣告された公江さんだったが、その後、一日わずか六百キロカロリーという少量のゼリー食を夫が愛情込めて食べさせることで、一年半も元気に生き続けたのだ。息をひきとるときも、大変に安らかなものだったという。

富山県砺波市にある「ナラティブホーム」は終末期の行き場のない人を受け入れる看取りの場である。この施設では延命治療は一切しない。完全に自然な最期だ。そうすると、体はやせ衰えていくが、逆に不思議な現象が色々起こるという。認知症がよくなったり、耳が聞こえるようになったりと、医学では解明できない不思議な現象である。医療に頼らない自然な最期には、本来人間が持っている色々な力が現れてくるのだ。

◎人間には“自然緩和力”がある

そうした事例を知るまでは、筆者も、がんに限らず死ぬときは苦しいものと考えていた。だが、取材を続けていくと、「自然な最期」は驚くほど安らかなものであり、医療に頼らなくても痛みを感じないという“事実”を知るようになった。そんな例をいくつも見ていくうちに、筆者はある確信を得るようになる。

それは、人間には自分で病気を治す“自然治癒力”があるように、安らかに死んでいける力、“自然緩和力”とでも呼ぶべき力が本来備わっているのではないかということだ。このことは、来月上旬出版予定の拙著『医療に頼らない理想の最期』(日新報道刊)に詳しく書いた。

人間は本来安らかに死んでいける力を持っている――数多くのがん患者を診続けてきた中村医師も全く同じ考えを持っていると言う。「死ぬ間際、人間は飢餓状態の場合、エンドルフィンという脳内麻薬が出て気持ちの良い状態になっているのです。呼吸状態がおかしくなっている時は酸欠になりますが、あの酸欠状態の時は脳内モルヒネが出ているのです。人間が死んでいく時は、自然に放っておけば、夢うつつのまどろみの状態で気持ち良くこの世からあの世へ移行できるものなのです。人間は本来、このような力を持っていて、自然な最期は苦しいものではないんです」

だが現在、この“自然緩和力”が使われることはほとんどない。中村医師が言う。「病気ではない“死”に対して、医療が過度に介入するから、人間の本来持っている力が生かされてないのです。人間の持っている自然な力を無駄な医療が邪魔しているのです。医療の本来の役割とは、人間が持っている自然の力を最大限発揮させることなのです」

二人に一人ががんにかかり、三人に一人ががんで死ぬと言われている時代である。治療法は進化し、多種多様になっている。どの治療法を選ぶか悩む人も多いことだろう。だが、そんなときに、「何もしないで完全放置する」という選択肢もあるのではないだろうか。これだけの多くの人が、全く苦しむこともなく、安らかに亡くなっているという“事実”があるのだから。

阪神・淡路大震災が起きたのは稲光の直後。

通常の地震=自然が作る純粋水素爆弾。
http://www10.ocn.ne.jp/~solid_fu/yamamoto_hiroshi_kasetsu.pdf
(通説では、地震とは蓄積された歪によって生じた断層のズレとされている。
しかし それでは福島の同じ場所で数百回を超える余震の発生を説明できない。)

従って

純粋水素爆弾を爆発させることで、自然の地震を引き起こすことができる。
→純粋水素爆弾を爆発=自然の地震。

純粋水素爆弾を爆発させられれば、人工地震だと完全にばれない。

純粋水素爆弾
普通の水爆は原爆で、起爆し爆発させる。
一方
純粋水爆は原爆で、起爆させない。
プラズマを使うことで起爆させ、核融合させる。
→海底の水爆を人工衛星からプラズマで起爆させる。
その結果
人工衛星からのプラズマ照射は稲光となって現れる。


1月17日午前5時頃は稲光が起きるような天候ではなかった。
また
稲光が発生した直後→地震の発生。
このタイミングの偶然は、稲光と地震が深く関わっていることを示している。

稲光の原因として、考えられることは2つ。
一つは
稲光は、地震の前に地下で大きな圧力がかかり、岩石の摩擦によって発光した。
もう一つは
稲光が地震のきっかけとなるものであった。

阪神淡路大震災のマグニチュードは7.3。
マグニチュードの規模としては、それほど大きなものではなかった。
被害が大きかったのは、市街地直下で起こった地震だったから。

マグニチュードは7.3クラスの地震が発生したとき
これほど大きな岩盤の摩擦による発光が起きるものだろうか?

(OHさん)
「地震直前、空が1/4程不気味な赤色になり、赤い稲妻が走ったのを見たという数人の証言がある。
これは震源を発生させる断層に向かってマイクロウェーブ波を撃つ時、複数のマイクロウェーブ波の焦点を取る為に、人工衛星からマイクロウェーブを発射した時起きたプラズマ現象である。
この人工衛星は湾岸戦争の時使われたプラズマ兵器でもある」



徳山和夫さん(61歳)が撮影した地震発生直前の発光写真は、有名になった。
東京新聞、産経新聞にカラー印刷で掲載された。
徳山さんんが1月17日午前5時40分頃、神戸市内から淡路島方面に向けて撮影したその写真は、西空が夕焼けの様に赤く染まっている光景を捉えている。
やや遠くに、雲を刃物で切り裂いたかのような一直線から、一際赤い空が見えている。
その手前は何筋にも雲が切れ、やはり赤い空が見えている。地震発生の数分前の光る西空である。

北西に位置する明石市立天文科学館の上空を青白い閃光(せんこう)が走った
ふだんは見えない明石海峡大橋のケーブルが、シルエットとして浮かび上がるほどの光量だ。

 「細く薄い雲のような物が、空の右(西)から左(東)に向け、さっと走った。
その直後。三回、雲越しに稲光のような光が見え、激しい揺れでハンドルをとらえた(震源から約40キロ東の伊丹市を南に向けて走行中だったタクシー運転手の吉井好雄さんーー37歳ー)


 「雷が落ちたようにピカッと白い光が目に飛び込んできた」(震源地近くの明石海峡付近で底引き網漁をしていた淡路島・淡路町の大平憲次郎さんーー48歳ー)


 「カメラのストロボをたいたときのように明るくなった」(西宮市から通勤途上だった会社員ーー48歳の方)


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http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/tanba/129.html
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http://era-tsushin.at.webry.info/201001/article_3.html

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http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=63&prec_ch=%95%BA%8C%C9%8C%A7&block_no=47776&block_ch=%8FF%96%7B&year=1995&month=01&day=17&elm=hourly&view=p1
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1995年1月17日の神戸の天気

http://weather.goo.ne.jp/past/day_search.html?areacode=770&p_month=1&p_day=16
http://weather.goo.ne.jp/past/day_search.html?areacode=770&p_month=1&p_day=17
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http://www.geocities.co.jp/Technopolis/7073/koubejisin.htm
●地震直前に赤い稲妻が走った!

 人工地震説を唱える人は、一つの根拠として地震発生直前の発光現象を挙げている。
 徳山和夫さん(61歳)が撮影した地震発生直前の発光写真は、有名になった。2月3、4日頃東京新聞、産経新聞にカラー印刷で掲載されたから、記憶している方もいると思う。徳山さんが1月17日午前5時40分頃、神戸市内から淡路島方面に向けて撮影したその写真は、西空が夕焼けの様に赤く染まっている光景を捉えている。やや遠くに、雲を刃物で切り裂いたかのような一直線から、一際赤い空が見えている。その手前は何筋にも雲が切れ、やはり赤い空が見えている。地震発生の数分前の光る西空である。

 「細く薄い雲のような物が、空の石(西)から左(東)に向け、さっと走った。その直後。三回、雲越しに稲光のような光が見え、激しい揺れでハンドルをとらえた(震源から約40キロ東の伊丹市を南に向けて走行中だったタクシー運転手の吉井好雄さん--37歳-)
 「雷が落ちた様にピカッと白い光が目に飛び込んできた」(震源地近くの明石海峡付近で底引き網漁をしていた淡路島・淡路町の大平憲次郎-48歳-)「カメラのストロボをたいたときのように明るくなった」(西宮市から通勤途上だった会社員-48最-)(以上3件、「日本経済新聞」1月17日付夕刊による)

 その他、色々の新聞に目撃者談が発表されている。こういう地震直前の空の発光現象は、昭和18(1943)年の鳥取大地震、昭和40年から5年間続いた松代群発地震の時にも見られたもので、今回のも決して雷の見間違いではない(発光現象そのものが電磁波現象である。電磁波からスカラー波(重力波)を発生する事が出来る。重力波と共鳴現象で地震を発生する事が出来る!忍。神戸海洋気象台の「当時、雷は発生していない」という言がある)。
 ところが、キノコ雲の様なものが空に立ち上がったという目撃者がいるらしい。これはどこかのFMで放送されたもので、未だに確かめていないが、キノコ雲といえば、ただ事ではない。これが事実で、目撃者が複数いるならば、原爆による人工地震説の有力な証拠となるかもしれないが、地震の予兆現象には豊富な例を持っている中国では、大地震の直前に巨大なキノコ雲が出現したという報告がある。
 又目撃者の中には「赤い稲妻が走った」というのもある。その「赤い稲妻」が雷の稲妻のように上空から地上に向かって光ったならば、次のような推理も可能だろう。

 「地震直前、空が1/4程不気味な赤色になり、赤い稲妻が走ったのを見たという数人の証言がある。これは震源を発生させる断層に向かってマイクロウェーブ波を撃つ時、複数のマ イクロウェーブ波の焦点を取る為に、人工衛星からマイクロウェーブを発射した時起きたプ ラズマ現象である。この人工衛星は湾岸戦争の時使われたプラズマ兵器でもある」(OHさ
 ん)

人工地震兵器HAARPで核爆発を引き起こす方法②→核爆発の痕跡=放射性物質が残らない方法。

例えば、日本近海でHAARPによる人工核爆発地震が起こったとしても、証拠=高レベル放射性降下物は残らない。

水素爆弾は、
原子爆弾を起爆装置として使う。
そのため、核分裂で生成される高レベル放射性降下物(フォールアウト、死の灰)が生じる。

一方 
純粋水素爆弾は、
起爆剤である「プライマリ(原子爆弾)」を使用しない水素爆弾。
核分裂で生成される高レベル放射性降下物(フォールアウト、死の灰)が生じないので、きれいな水爆とも言われる。


従って

人工地震には純粋水素爆弾が最も適している。
純粋水素爆弾は使われたとしても、その証拠=高レベル放射性降下物は残さない。
→人工地震と発覚させないためには、純粋水爆を使う以外不可能。


ただし
純粋水素爆弾は実用化されていないことになっている。(2010年現在)


HAARPによる純水水爆地震説。

既に、電離層のプラズマを地上に照射する技術は存在する。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=YSubC55KI2c
ペルシア湾で、海面が加熱された異常現象が発生している。

100502.jpg

http://sekainoura.net/purazumatoha.html
実はプラズマは、大気中だけでなく水中でも発生させることができるそうです。
マイクロウェーブを水中で交差させることで、水中でもプラズマが発生するのです。
プラズマ博士で有名な大槻教授は、既にこの実験に成功しているます。

100501.jpg

人工地震を発生させるのに必要な、それ以外の技術は存在しているのか?

レーザー誘導技術は確立されているのか?
→レーザー光線は数百キロ先の目標を正確に捕らえることができる。
 そのレーザー光線に導かれて、電離層のプラズマが遠く離れた目標物に、ヒットさせることができるのか?

水素爆弾用燃料ペレットは開発されているのか?
→平和目的のレーザー核融合で使われる燃料ペレットは実用間近。

レーザー光線で数百キロ先の飛んでいるミサイルの燃料タンクを狙うことができる。
全ての作業は8秒から12秒で完了する。
ただし、燃料タンクを加熱させる程度の出力しかない。




HAARPで核爆発を引き起こす方法

○HAARPの高周波で、電離層を猛烈に加熱させる。

○電離層のプラズマ密度を高める。

○人工衛星からのレーザー光線で、高温プラズマを海底の目標物=燃料ペレット(レーザー核融合用燃料ペレットを水爆用に改良する)に正確に誘導する。

○水爆用燃料ペレットの原理を推測(レーザー核融合ペレットの原理から推測)
→水爆用燃料ペレット。この水爆用燃料ペレットは球殻部分が重水素と三重水素の固体となっていて、球内部はそれらの気体で満たされている。

高温プラズマの照射を受け、水爆用燃料ペレットの表面部分の急激な加熱される。
そして、内部気体の膨張により、その反作用として燃料球自身が内部へ爆縮を起こし、内部の圧力は1億気圧にも達する。
このペレット内の急激な変化が水素の核爆発を引き起こす。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E7%88%86%E5%BC%BE
水素爆弾

水素爆弾(すいそばくだん、英: hydrogen bomb、水爆)は、水素及びその放射性同位体の核融合反応を利用した核爆弾で、兵器としては核兵器の1種である。

原子爆弾を起爆装置として用い、この核分裂反応で発生する放射線と超高温、超高圧を利用して、水素の同位体の重水素や三重水素(トリチウム)の核融合反応を誘発し莫大なエネルギーを放出させる。
高温による核融合反応(熱核反応)を起こすことから「熱核爆弾」や「熱核兵器」とも呼ばれる。
一般に核出力は原爆をはるかに上回る。
なお、中性子爆弾や3F爆弾も水爆の一形態である。

第二次世界大戦後から現在に至る原爆開発競争に参加した国の中でも、水素爆弾を兵器として実用化したのは国際連合の常任理事国であるアメリカ合衆国と旧ソビエト連邦(ロシア)、イギリス、フランス、中華人民共和国のみである。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%94%E7%B2%8B%E6%B0%B4%E7%88%86

純粋水爆
純粋水素爆弾(じゅんすいすいそばくだん、純粋水爆、きれいな水爆とも)とは、起爆剤である「プライマリ(原子爆弾)」を使用しない水素爆弾の事である。2010年現在、実用化されていない。

実用化されている水素爆弾は、重水素と三重水素(トリチウム)の核融合反応を誘発する際に、核分裂反応(プライマリ)-核融合反応(セカンダリ)の2段階を踏む(テラー・ウラム型を参照)が、純粋水爆は核融合反応の1段階のみである。プライマリの製造には高濃縮ウランやプルトニウムなどを必要とするが、純粋水爆は核分裂物質を必要とせず、残留放射能も少なくなる利点がある。


核兵器の設計者は、長い間、重水素と三重水素の核融合に必要な圧力と高温を限られた空間内で実現する方法を研究してきた。純粋水爆は非常に小規模な核爆発の実現と、核分裂で生成される高レベル放射性降下物(フォールアウト、死の灰)減少の可能性がある。ただし大規模な爆発は、通常兵器の爆発よりα,β,γおよび中性子線などの放射線が生成されるため、これらはより多くの死傷者を引き起こす事となる。

米国は1952年から1992年まで純粋水爆の開発に多額の費用を費やしたが、実用化には成功しなかった。1998年にアメリカ合衆国エネルギー省(DOE)は、過去に純粋水爆開発データの機密解除を決定し、「米国は現在純粋水爆の開発、所持はしてはおらず、また過去のエネルギー省の開発でも実用性のある設計をする事が出来なかった。」と発表した。

核融合反応を誘発させるのに必要な力密度には、現時点では核分裂反応、もしくは国立点火施設(英語版)などにあるような強力なレーザーやサンディア国立研究所のZ-ピンチマシン(英語版)、各種磁気トカマクなどの大型装置が必要になる。純粋水爆のさまざまな利点にかかわらず、現在利用可能な技術では製造の見通しが立たず、また多くの者が純粋水爆の研究開発は核拡散防止条約や包括的核実験禁止条約の意図を覆すものであるという懸念を表明している。

今日の、機密となっていない技術のみを用いて、純粋水爆作成を思考実験的に考えることはできると主張されている。理想的状況での論議であり、そのような技術が既に存在し実現可能という意味ではない。そのようなデザインの純粋水爆の重量は約3トン[1]で、TNT約3トンの威力になると予想される。提案された設計では、核融合反応の発生に必要な条件を満たすために大型の爆発力による磁束圧縮ジェネレータを使用する。爆発的損傷の観点から見れば、通常兵器より明らかな利点はないが、大規模な中性子束は半径500m以内の人間に致死量の放射線をもたらす(死者の多くは被爆直後ではなく数ヶ月を経て発生する)。

何人かの研究者は核融合誘発の代替手段として、主に反物質触媒による核パルス推進(英語版)[2]の文脈での反物質の使用を研究した。そのようなシステムは、純粋水爆に望ましい多くの特性を持っているが、反物質の量産は現代科学の能力を超えている。粒子励起ガンマ線(英語版)は、現在研究されている方法の1つである。またほぼ空想に近いがレッドマーキュリー(英語版)や様々なBallotechnics[訳語疑問点]、他の超高エネルギー密度化学物質などが純粋水爆の引き金となる手段として示された。

フィクション

ラリー・ニーヴンは著書『プロテクター(英語版)』の中で純粋な核融合爆発を起こすために「磁気ピンチャーフィールド」の使用を提案した。

メタルギアソリッド2では 、ヴァンプとフォーチュンが「純粋水爆(Purified Hydrogen Bomb)」が移動要塞アーセナルギアに搭載されていると言及した。ヴァンプは、「核爆発ではなく、レーザーや磁気を利用した断熱圧縮により重水素を核融合させるクリーンな核兵器」と語っている。

ジョン・バーンズの『ディレクティブ51(英語版)』でもさまざまな純粋水爆が登場する。

田中芳樹の『銀河英雄伝説』ではレーザー水爆という名前で純粋水爆が登場する。

読売テレビ系の連続アニメ『宇宙空母ブルーノア』(1979~1980年)ではQ弾頭ミサイルという名前で純粋水爆が登場する。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E6%A0%B8%E8%9E%8D%E5%90%88
レーザー核融合の原理

球状の燃料ペレット(燃料球、ターゲット)を考える。この燃料球は球殻部分が重水素[1]と三重水素の固体となっていて、球内部はそれらの気体で満たされている。
これに非常に強いレーザー光を当てると、急激な表面部分の加熱、プラズマの膨張により、その反作用として燃料球自身が内部へ爆縮を起こし、内部の圧力は1億気圧にも達する。球殻部分はこの圧縮により球中心に圧縮され主燃料となる。この圧縮による衝撃波などにより、中空の気体部分は1億度以上という高温になる。
爆縮には高い球対称性が要求されるが、レイリー・テイラー不安定性などの流体力学的不安定性は球対称爆縮の障害となっている。
この高温下で以下の核融合反応が進む(この方式を直接照射・中心点火方式と呼ぶ)。
D + T → n + α
Dは重水素 (Deuterium)、Tは三重水素 (Tritium)、nは中性子、αはアルファ粒子(ヘリウム原子核)である。
アルファ粒子の発生はさらに系を過熱させ、それが核融合反応をさらに促進する(核融合反応の点火)。これにより、主燃料部分も核融合反応を開始し、最初に与えたレーザー光によるエネルギーよりずっと多いエネルギーを発生することとなる。
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