スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東電の“罠”=“福島原発原子炉のメルトスルー詐欺” →なぜメルトスルーで国民を騙したのか?

福島原発1号機、2号機、3号機はメルトダウンの可能性は高いが、メルトスルーはしていない。

東電が原子炉メルトスルーの可能性を認めたのは、もっと深刻な冷却材喪失事故=地震による配管損傷を隠蔽するため。

先日6月27日、福島1号機で格納容器内→毎時10シーベルトの放射能が計測されたというセンセーショナルな報道も隠蔽工作の一環?


東電が“罠”を仕掛けた。

“罠”=“メルトスルー”

多くの人びと、そして専門家がその罠にはまっている。

これまでに東電が公表してきた各種データから判断するかぎり、少なくとも1号機に関しては、地震発生時に原子炉系配管が冷却材喪失事故を起こした可能性がきわめて高い。

原子炉系配管の冷却材喪失事故はなんとしても隠蔽しなければ、ならない。
=地震問題を覆い隠さなければならない。

隠蔽するための東電の騙しの方法
→超特急メルトダウンからメルトスルーに進展という目眩まし

メルトダウンが起きて原子炉圧力容器の“どこかに”穴が開いたことにする。

 その穴から、メルトダウンが進行している原子炉圧力容器内部の高温、高圧のガスが、猛烈と格納容器に噴出する。そのため格納容器の圧力が急上昇する。


メルトスルーで国民に大騒ぎさせ、真の原因である地震問題を覆い隠す。



国と東電が、できることなら永遠に遠ざけておきたい話は、東電・福島第一原発1~3号機の重要な設備や機器が、“想定外”の大津波とは無関係に、「地震動」によって重大な損傷を負ったとすることだ。

なぜなら、もし福島第一原発1~3号機のいずれか一つにおいてでも、たとえばなにがしかの重要な配管が地震動で破損し、その破損部から冷却材が格納容器に噴出するような「冷却材喪失事故」(LOCA)が起きていたことがわかれば、「原発中枢構造の耐震脆弱性」という、地震国日本の原発の安全性を根底から揺るがす深刻な問題が浮上するからだ。

そしてそうなれば、津波対策と電源対策を既存の原発の運転再開・運転継続の条件としている現政府の基本方針が根本的な見直しをせまられるだろうし、中部電力・浜岡原発を動かすことは、事実上永久にできなくなるだろう。

 しかし、いつまでも事実を覆い隠すことはできまい。

これまでに東電が公表してきた各種データから判断するかぎり、少なくとも1号機に関しては、地震発生時に原子炉系配管が冷却材喪失事故を起こした可能性がきわめて高い。

5月15日の日曜日、東電は緊急記者会見を開き、「シミュレーション解析」を行った結果、1号機はかなり早い時期に「メルトダウン」(東電はこの言葉を、溶けた燃料棒が炉底に落ちる、という意味で使っているようだ)が起きたと説明した。

 東電が言わなくてもメルトダウンが起きたことは誰が考えても明らかだったが、東電がついにそれを“公式”に認めたということからか、いまもなおこのメルトダウン会見は一般の人びとにかなり肯定的、好意的に受け取られているようだ。

しかしあの記者会見は明らかに東電の“罠”である。

多くの人びとがその罠にはまっている。


東電のシミュレーションの騙しのテクニック
メルトダウンが起きて原子炉圧力容器の“どこかに”穴が開いたのだ。

 その結果、その穴から、メルトダウンが進行している原子炉圧力容器内部の高温、高圧のガスが、猛烈と格納容器に噴出する。そのため格納容器の圧力が急上昇する
――これが東電のシミュレーションの騙しのテクニックだ。

 超特急メルトダウンという目眩ましを使い、地震問題を巧みに覆い隠した“悪しきシミュレーション”以外の何物でもない。

原子炉の水位の実測値と解析結果の度し難い解離が、そのなによりの証拠である。


メルトスルーとは

燃料の大部分が溶融し、高温により圧力容器の底が溶かされて燃料が容器の底を突きぬけ、格納容器に落ちることをメルトスルー(溶融貫通)と呼ぶ。



今年2012年に3月と6月に仕掛けた“東電の罠”?

センセーショナルな放射線量が公表されている。

2012年6月27日
福島原発1号機の格納容器内→毎時10.3シーベルト(1万300ミリ・シーベルト)

2012年3月28日
福島原発2号機の格納容器内→毎時73シーベルト(7万2900ミリシーベルト)

しかし

昨年3月14日朝
1号機と3号機の格納容器内は、放射線量が、毎時167シーベルトを計測していた。

2号機は、燃料が露出した15日朝には62・7シーベルト。

福島原発1号機、福島原発2号機の放射線量は事故当時と変わっていないか、明らかに減少している。

しかし 東電やマスコミは高い放射線量を誇張し、燃料が格納容器内に落ちている=メルトスルーであるかのように錯覚させる報道を行った。




06293.jpg


2011年5月12日 核燃料の大半溶け圧力容器に穴 
福島第一原発1号機の圧力容器の状態
 東京電力は12日、東日本大震災で爆発事故を起こした
福島第一原発1号機の核燃料が溶けて原子炉圧力容器の底にたまって穴が開き、水が漏れていることを明らかにした。燃料を冷やすために入れている水が圧力容器の2割以下しかたまっていなかった。
溶けた燃料が格納容器に漏れ出ている可能性も否定できないとしている


小出助教も騙された。


元原発技術者菊地洋一さん



東日本巨大地震が発生した11日、東京電力福島第一原子力発電所で、稼働中だった1号機棟内にいた男性作業員の証言から、建物内が激しく損壊した様子が初めて明らかになった。

 この作業員は、同原発の整備などを請け負う会社に勤務。昨夏からたびたび同原発で作業しており、地震があった11日は、稼働していた1号機の建物内のうち、放射能汚染の恐れがなく防護服を着用する必要がないエリアで、同僚数人と電機関係の作業をしていた。

 「立っていられないほどの強い揺れ。横向きに振り回されている感じだった」。地震発生の午後2時46分。上階で作業用クレーンや照明などの機器がガチャンガチャンと激しくぶつかり合う音も聞こえた。「これは普通じゃない揺れだと直感した」

 建物内の電気が消え、非常灯に切り替わった。「その場を動かないように」という指示が聞こえたが、
天井に敷設されていた金属製の配管の継ぎ目が激しい揺れでずれ、水が勢いよく流れてきた。「これはやばい水かもしれない。逃げよう」。誰かが言うのと同時に、同僚と出口がある1階に向けて階段を駆け降りた。



http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1159


『原子力資料情報室通信』第445号(2011/7/1)より

“想定外”のためなら何でもする 東電、

「シミュレーション解析」騙しのテクニック

田中三彦(サイエンスライター)


可能性が高い、1号機「冷却材喪失事故」

 国と東電が、できることなら永遠に遠ざけておきたい話は、東電・福島第一原発1~3号機の重要な設備や機器が、“想定外”の大津波とは無関係に、「地震動」によって重大な損傷を負ったとすることだ。なぜなら、もし福島第一原発1~3号機のいずれか一つにおいてでも、たとえばなにがしかの重要な配管が地震動で破損し、その破損部から冷却材が格納容器に噴出するような「冷却材喪失事故」(LOCA)が起きていたことがわかれば、「原発中枢構造の耐震脆弱性」という、地震国日本の原発の安全性を根底から揺るがす深刻な問題が浮上するからだ。そしてそうなれば、津波対策と電源対策を既存の原発の運転再開・運転継続の条件としている現政府の基本方針が根本的な見直しをせまられるだろうし、中部電力・浜岡原発を動かすことは、事実上永久にできなくなるだろう。
 しかし、いつまでも事実を覆い隠すことはできまい。これまでに東電が公表してきた各種データから判断するかぎり、少なくとも1号機に関しては、地震発生時に原子炉系配管が冷却材喪失事故を起こした可能性がきわめて高い
。図1は、5月16日に東電が公表したデータをもとに、地震発生後の1号機の「原子炉水位」(核燃料頂部「TAF」(注1)までの水位)の変化と、「格納容器の圧力」(注2)の変化とを、一つの図に収めて描いたものである。この図を使いながら、私が推測している福島第一原発1号機の大まかな「冷却材喪失事故シーケンス」を以下に記す(注3)。




シミュレーション解析、騙しのテクニック

 配管破損による冷却材喪失事故が起きて大量の水蒸気が格納容器(ドライウェル)に噴出し、圧力抑制室に向かったが、水力学的動荷重や地震時のスロッシングによって構造物が破壊されたり圧力抑制機能が喪失したりした結果、水蒸気の体積凝縮が起こらず、格納容器の圧力が0.74MPa(約7.4気圧)まで上昇した、というのが、“1号機事故の最大の謎”に対する答えであるように思える。
 一方、5月15日の日曜日、東電は緊急記者会見を開き、「シミュレーション解析」を行った結果、1号機はかなり早い時期に「メルトダウン」(東電はこの言葉を、溶けた燃料棒が炉底に落ちる、という意味で使っているようだ)が起きたと説明した。
 東電が言わなくてもメルトダウンが起きたことは誰が考えても明らかだったが、東電がついにそれを“公式”に認めたということからか、いまもなおこのメルトダウン会見は一般の人びとにかなり肯定的、好意的に受け取られているようだ。しかしあの記者会見は明らかに東電の“罠”である。多くの人びとがその罠にはまっている。
シミュレーション解析というものは、解析条件(つまり入力データ)次第で結果はどうにでも変わる。しかし、東電がいわば“超特急のメルトダウン”を認めたということに人びとは驚き、どのような条件下でシミュレーション解析が行われたのかを問う人は、ほとんどいない。
 繰り返し述べれば、1号機の事故プロセスの最大の謎は、なぜ格納容器の圧力が0.74MPa(約7.4気圧)まで上昇したかである。東電も当然、まずLOCAを考えたはずだ。何がどうなると格納容器の圧力が0.74MPaまで上がるかをいろいろ考えたはずだ。解析者の頭の中を、Mark
-I型圧力容器の「未解決の安全問題」が過ぎったはずだ。地震時のスロッシングの問題も過ぎったにちがいない。しかし、こうしたことをシミュレーション解析で扱うわけにはいかない。もしそれを扱えば、それは「地震」を問題にしたことになるからだ。もしそれでうまくシミュレーションできたりしたら、いまでも全国で10のMark-I型格納容器が使われているから(東電・福島原発を除く)、ただちに大問題になってしまう。
 東電が行ったシミュレーション解析には、地震による影響はいっさい考慮されていない。では、東電はどのようにして格納容器の“異常な”圧力上昇をシミュレーション解析で実現したのだろうか。図3と図4にその答えがある。図3を見ると、原子炉水位が猛スピードで落ちている(そうなるように入力条件を設定しているからだが、紙幅の関係で詳しい説明を省く)。そうなると、燃料棒は早々とメルトダウンするだろう。実際、図4を見ると、地震発生から約15時間後に「RPV破損」と記されている。つまり、メルトダウンが起きて原子炉圧力容器の“どこかに”穴が開いたのだ。
 その結果、その穴から、メルトダウンが進行している原子炉圧力容器内部の高温、高圧のガスが、猛烈と格納容器に噴出する。そのため格納容器の圧力が急上昇する(図4参照)――これが東電のシミュレーションの騙しのテクニックだ。
 超特急メルトダウンという目眩ましを使い、地震問題を巧みに覆い隠した“悪しきシミュレーション”以外の何物でもない。原子炉の水位の実測値と解析結果の度し難い解離が、そのなによりの証拠である。







http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110406-OYT1T00589.htm?from=top

1号機、燃料集合体の7割が損傷と推定
福島原発
 東京電力は6日、福島第一原発1~3号機の格納容器内の放射線計測値を正式に発表した。


 1号機と3号機では、核燃料が一部露出した3月14日朝には、放射線量が、通常運転時の10万倍に達する毎時167シーベルトまで上昇していた。

 このデータを基に、燃料に小さな穴や亀裂が生じた割合を計算すると、1号機では燃料集合体400体の約70%が損傷していると推定された。2号機は同548体の約30%、3号機は同548体の約25%が損傷したとみられる。

 放射線計測装置は、事故時の燃料損傷を監視するために常設されている。被災後、計測できなかったが、復旧作業に伴い、14日以降のデータが明らかになった。1、3号機より事故の進行が遅かった2号機は、14日朝は放射線量も通常の毎時0・001シーベルトにとどまっていたが、燃料が露出した15日朝には62・7シーベルトに上昇。

(2011年4月6日13時59分 読売新聞)



http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5066754.html
東京電力は、福島第一原発1号機の原子炉建屋の地下に初めて内視鏡カメラを入れ、汚染水がたまっている内部を撮影しました。

 これは内視鏡カメラが撮影した映像で、配管が腐食したり、はがれた塗装やサビが水中を漂っている様子が映っています。画面に見える白い斑点は強い放射線によるノイズです。

 この場所は、原子炉建屋の圧力抑制室がある地下1階で、汚染水がおよそ5メートルたまり、水温は32度から37度でした。放射線量が最も高かった水の表面は毎時10.3シーベルトで、人間が1時間いれば死に至る極めて高い線量ですが、途中で線量計が故障したため、水深が深い部分は測定できませんでした。

 今回の調査で、東京電力は、圧力抑制室の破損箇所を特定したいとしていましたが、映像では特定できなかったということです。(27日20:04)


http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120627-OYT1T01115.htm?from=top
福島第一1号機、建屋内で過去最大の線量計測

福島原発
 東京電力は27日、福島第一原子力発電所1号機の原子炉建屋地下で、建屋内では過去最大の放射線量となる毎時1万300ミリ・シーベルトを計測したと発表した。


 作業員の年間被曝
ひばく
限度である50ミリ・シーベルトにわずか約20秒で達し、約6分で嘔吐
おうと
などの急性症状が出る。廃炉に向け、建屋地下では汚染水の漏えい場所の特定や修復が必要だが、東電は「作業員が入れるレベルではなく、ロボットを使った難しい作業になる」と話す。

 計測は、配管が通る1階の貫通口から内視鏡と線量計を入れて実施。地下階には、格納容器下部の「圧力抑制室」があるが、カメラでは損傷は確認できなかった。汚染水の深さは約5メートルで、線量は地下階に入った段階で約30倍の毎時625ミリ・シーベルトにはね上がり、汚染水の水面近くで最高を記録した。2、3号機の建屋地下階の10倍以上の線量になる。東電は「1号機は炉心損傷が最も深刻で、放射性物質が地下に多く流れ込んだ」と分析する。

(2012年6月27日23時03分 読売新聞)




http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1671.html
2号機格納容器 水位は60センチ
NHK 3月26日 20時45分

東京電力福島第一原子力発電所の2号機で内視鏡を使って格納容器の内部を調べる2回目の調査が行われ、
容器の底から60センチしか水がたまっていないことが分かりました。

東京電力は水温などから、「格納容器に溶け落ちた核燃料は冷やされていると考えている」としています。

内視鏡を使った調査はことし1月に続いて2回目で、
前回、2号機の格納容器にたまっている汚染水の水位が確認できなかったことから、
今回は前回より10メートル長い内視鏡を使い内部を撮影しました。

その結果、格納容器内の水位は底から60センチしかないことが分かりました。


2号機では、原子炉を冷やすためにいまも1時間当たり8.8トンの水が注入され、
東京電力はこれまで格納容器の水位は3メートルほどあるとみていましたが、
予想以上に水がたまっていないことから、
「格納容器の下部にある圧力抑制室などから建屋に漏れているのではないか」としています。

また、格納容器の底に溶け落ちているメルトダウンした燃料の冷却については、
「たまっている水の温度が48度ほどなので、燃料は冷やされていると考えている」としています。
今回の事故で2号機では、去年3月15日の朝に格納容器内の圧力が急激に低下し、
東京電力は、何らかの破損があったとみていますが、詳しいことは分かっていません。

松本純一:
いわゆる冷却出来ていないとは私どもは思っていません。
滞留水の水温としましては48.5度から50度と。
この程度の温度が観測されているという意味であれば、
ま、ほぼ格納容器の中に落ちた燃料デブについては、この60センチ程度の水で、ま、
冷やされているというふうに判断しています。

2号機では去年3月15日に格納容器内の圧力が急激に低下。
東京電力は何らかの破損があったとみていますが、詳しい事は分かっていません。

今後、福島第一原発の廃炉に向けては、格納容器の損傷か所を特定して修理し、
水を満たして溶け落ちた燃料を取り出す計画で、
水位が予想よりかなり低いことが分かったことで今後の作業は困難が予想されます。

専門家“残念な結果だ”

福島第一原発の2号機で内視鏡を使った調査した結果
容器の底から60センチしか水がたまっていないことが分かったことについて、
原子炉の設備や構造に詳しい法政大学の宮野廣客員教授は、
「東京電力はこれまで水位は3メートルあると予測していたのでずいぶん水が少ないという印象だ。
水位が60センチということは、
水が漏れている格納容器の損傷か所は容器の底から60センチの高さより下にあると推測される。
ただ損傷か所の大きさや範囲については注水量を増やして水位の変化などを詳しく分析してみないと
推測するのは難しい」と指摘しています。

そのうえで「たとえ水位が60センチ程度でも、
底に溶け落ちた燃料が水をかぶっていれば安全上の問題はないと考えられる。
温度が50度ということは燃料は冷やされているとみられる。
ただ、今後の廃炉作業では格納容器の損傷か所を修理して水で満たさなければならないため
作業は困難が予想され、残念な結果だと言える」と話しています。



2号機格納容器内部7万2900ミリシーベルト(福島第一原子力発電所)6分で死にます。内視鏡が耐えられるのは14時間。(東電公開動画あり)



2号機 格納容器内の映像 2012年3月27日


福島第一原発2号機の格納容器の内部の動画が3月27日公開されました。
格納容器の貫通部から垂らした内視鏡の映像。
中央に白く見えるのは熱電対という温度計。
左側のの黄色い部分は格納容器の壁。
高さ6メートルの足場を過ぎ、深さ60センチメートルの溜まり水に到達します。
水はほぼ透明で、細かい堆積物が靄のように溜まっています。
内部の放射線量は最大で約7万3000ミリシーベルト/毎時
溶け落ちた燃料は確認できなかった。

が、
東京電力は、水の中に浸かっているという見方を示している。


http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1680.html
格納容器内7万2900ミリシーベルト 福島2号機 6分で人死ぬ量
東京新聞 2012年3月28日 07時11分

東京電力は27日、福島第一原発2号機の格納容器内で、
最大で毎時7万2900ミリシーベルトの極めて高い放射線量が計測されたと発表した。

この値の場所に6分ほどいるだけで人間は100%死亡する。

炉心溶融(メルトダウン)した核燃料が原子炉を壊し格納容器にまで溶け落ちていることが、高線量の原因。
これほどの値だと、ロボットでも長時間の作業は難しい。
政府や東電は30~40年後に廃炉を実現する計画だが、大きな狂いが生じる可能性もある。

格納容器に開けた穴から線量計を入れて計測した。
底部からは4~7メートルの高さで、内壁から50センチと一メートル離れた位置の上下計8カ所で測ったところ、
3万1100~7万2900ミリシーベルトを計測した。

通常、原子炉が停止した状態では、
格納容器内の線量は0.1ミリシーベルト程度で、いかに異常な状態かが分かる。

26日に内視鏡で撮影された映像を見ると、
上にある原子炉から大量の水が降り注いでおり、炉に穴が開いている状況がうかがえる。
水は格納容器の損傷部から高濃度汚染水となって建屋地下に流れ込んでいる。

格納容器の壁面では塗装がはがれたり、浮き上がっている場所も多く、事故当初の過熱や腐食の影響とみられる。
カメラが水をかぶっている間は映像はクリアだが、水がなくなると画面いっぱいにノイズが広がる。
高い放射線によるものだ。

問題は、この高い線量が廃炉に与える悪影響だ。
東電は格納容器内の作業にはロボットを多用する計画だが、
ロボットも本体は耐えられても、作動を制御する電子回路などが放射線で壊れる。
今回の計測に使った内視鏡も十四時間程度しか耐えられない。

東電の松本純一原子力・立地本部長代理は
「高線量に耐えられる機器を開発する必要がある」と語った。

政府は昨年暮れ、原発内では事故が収束したと宣言したが、実情は厳しい。




http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110316-OYT1T00550.htm
 強い横揺れで天井のパイプがずれ、大量の水が漏れてきた――。


 東日本巨大地震が発生した11日、東京電力福島第一原子力発電所で、稼働中だった1号機棟内にいた男性作業員の証言から、建物内が激しく損壊した様子が初めて明らかになった。

 この作業員は、同原発の整備などを請け負う会社に勤務。昨夏からたびたび同原発で作業しており、地震があった11日は、稼働していた1号機の建物内のうち、放射能汚染の恐れがなく防護服を着用する必要がないエリアで、同僚数人と電機関係の作業をしていた。

 「立っていられないほどの強い揺れ。横向きに振り回されている感じだった」。地震発生の午後2時46分。上階で作業用クレーンや照明などの機器がガチャンガチャンと激しくぶつかり合う音も聞こえた。「これは普通じゃない揺れだと直感した」

 建物内の電気が消え、非常灯に切り替わった。「その場を動かないように」という指示が聞こえたが、天井に敷設されていた金属製の配管の継ぎ目が激しい揺れでずれ、水が勢いよく流れてきた。「これはやばい水かもしれない。逃げよう」。誰かが言うのと同時に、同僚と出口がある1階に向けて階段を駆け降りた。






http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105120174.html

核燃料の大半溶け圧力容器に穴 1号機、冷却に影響も
2011年5月12日13時46分

福島第一原発1号機の圧力容器の状態
 東京電力は12日、東日本大震災で爆発事故を起こした福島第一原発1号機の核燃料が溶けて原子炉圧力容器の底にたまって穴が開き、水が漏れていることを明らかにした。燃料を冷やすために入れている水が圧力容器の2割以下しかたまっていなかった。溶けた燃料が格納容器に漏れ出ている可能性も否定できないとしており、今後の原子炉の冷却作業は大幅に遅れる見通しだ。

 東電はこれまで、1号機の原子炉の核燃料の損傷度を55%とし、燃料を覆う被覆管が損傷して燃料の一部が溶けているが、燃料集合体としての形は維持していると説明していた。燃料が溶けて本来の形を維持していない状態と認めたのは初めて。

 1号機では現在、原子炉を冷やすため、燃料の上部まで格納容器を冠水させる作業をしている。格納容器の水を外付けの冷却装置につないで循環させて冷やす予定だが、溶けた燃料が格納容器に漏れ出ているなら、超高濃度に汚染された水を循環させることになり、漏れがあれば汚染が広がる危険がある。

 東電は今回、圧力容器の水位計を修理して、改めて測定したところ、値が出なかった。測定限界である原子炉底部から約4メートルの位置より下に水位があり、燃料が通常ある場所より下にあることを意味する。

 圧力容器は高さ20メートルで容積360立方メートル。現在は毎時8トンのペースで、これまで1万立方メートル以上注水したが、容器の2割程度以下しかたまっていない計算だ。

 東電によると、溶けた燃料が圧力容器の底に落下、その熱で制御棒を動かす棒を入れる管の溶接部などに亀裂が入り、圧力容器の底から大量の水が漏れている可能性があり、3千トンの水が行方不明になっている。

 東電原子力・立地本部の松本純一本部長代理は「実際には燃料は形状を保っておらず、大半が溶けて底にたまっているとみられる。底にわずかにたまった水で燃料が冷やされていると考えられる」と説明。また、「核燃料が圧力容器の外に漏れているとは考えていないが、可能性は否定できない」とも話した。

 燃料が溶け、格納容器の損傷の可能性も高いことから、東電では、注水量の変更など作業の見直しをすることにしている。

 また、経済産業省原子力安全・保安院も、燃料が溶けて圧力容器の底にたまる「メルトダウン」が1号機で起きた可能性が否定できないとしている。(坪谷英紀)

スポンサーサイト

人間小沢一郎の苦悩(夫婦円満でなければ、政治家失格?)

06292.jpg


 06281.jpg


誰しも少なからず、さまざまな悩みを抱えている。
小沢一郎も人間であり、私生活での悩みを抱えていた。

小沢は人知れず苦しんできたと思われる。ある時は、こんな言葉を吐いた。
「すべては俺の不徳だ。妻を守れない。家族を守れない。そんな人間が、何の政治家であるものか。天下国家を語れるものか」
 聞く者には苦悶に満ちた自問自答の苛烈な心象風景を思い浮かべさせる。小沢を近くで見てきた者には驚くべき変調と映った。家族、コミュニティ、国家を守ることを同心円の問題と語ってきた小沢にとって、一見、筋の通った話にも聞こえるが、しかしこれまで、どんなに自分や家族がマスコミの集中砲火を浴びても、事実でない誹謗中傷を浴びせられても、天下国家のためには耐え忍ぶしかないとしてきた小沢の態度とは明らかな段差を感じさせた。

そして小沢は、求められるまま和子に離婚のフリーハンドを与えた。

政治家とて人間である。
人に知られたくないプライバシーもある。
それが政治家としての資質や政治活動の理非曲直に関わるのであれば、国民にはそれを知る権利がある。
報道が社会の木鐸として政治家の私生活を取材することは悪ではない。
 ただし、政治家のプライバシーが公共の問題たりうるという名分をいいことに、政治謀略や個人攻撃の材料にすることは許されない。そう思う。


すでに『週刊文春』が報じ、その直後に何者かが文面のコピーをネットに広く流出させたものだ。そこには小沢への激しい非難と離婚の事実が綴られていた。
 手紙が和子の手によるものか真贋はわからない。
書かれた内容には、明らかに事実ではないことも多い。


人物破壊に加担する多くのマスコミは、手紙の内容を確認しないまま事実であるかのように報じているが、それを信じる国民の間で最も批判の強い「大震災の際に放射能を恐れて逃げようとした」というくだりは明らかに常軌を逸している。
なぜなら、震災の少し前から和子の変調は激しくなっており、現在まで1年以上も小沢と会話も交わせない状態が続いているからである。
放射能から逃げる、逃げないで小沢と揉めたという記述には疑問がある。
 そもそも手紙では、放射能から逃げたい小沢が地元には近づこうとせずに「長野の別荘地」に避難場所を購入したというのだが、仮に「別荘地」が軽井沢だとすれば福島第一原発からは約250km、ちょうど岩手県都・盛岡までと同じ距離である。さらに震災後に千葉で釣りに興じたという記述もあるが、これも東京より原発に近く放射線量も多い地域なのだから、事実とすれば小沢の行動はあまりにも支離滅裂である。
 付言すれば、現実には震災直後の小沢は地元対応に寝る間もなかったようだ。
これもマスコミは知り尽くしているはずだが、地元・岩手は、達増拓也・知事はじめ県政中枢部に小沢派が多い。
彼らが震災対応で小沢に刻一刻と報告を入れ、政府への橋渡しや支援を要請していたことは誰でも想像できるはずで、実際、県政関係者はそう本誌に明かしている。
しかし、人物破壊勢力は、あえてそうした常識的な判断から目を背け、確認取材もしないまま「和子の手紙」を事実として垂れ流すのである。




http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/05c3796395b59f25cd12c012fb2ada6e

 小沢家の悲劇「妻・和子の手紙」の真相 
週刊ポスト2012/7/6号(2012年6月25日月曜日発売)
 政治家とて人間である。人に知られたくないプライバシーもある。それが政治家としての資質や政治活動の理非曲直に関わるのであれば、国民にはそれを知る権利がある。報道が社会の木鐸として政治家の私生活を取材することは悪ではない。
 ただし、政治家のプライバシーが公共の問題たりうるという名分をいいことに、政治謀略や個人攻撃の材料にすることは許されない。そう思う。日本の権力構造に詳しい政治学者のカレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、政界、マスコミ界、さらには司法界まで一体となった小沢一郎氏への個人攻撃を「人物破壊」と指摘し、世界の政治史に残る重大な汚点だと厳しく論難した。
 消費増税、原発再稼働、さらに政界再編の胎動が重なったこのタイミングで小沢氏に降りかかった夫婦の重大問題は、それだけ見れば報道に値するテーマであるとしても、なぜそれが「今」なのか、「小沢」なのかを考えると、背景に見え隠れする日本のグロテスクな権力の暴走を看過するわけにはいかない。
 政治の節々に結節する小沢問題。小沢に何が起きたのか、政治謀略に終止符を打つ真実をここにレポートする。(文中敬称略)

小沢を苦しめた和子の変調
 今から数週間前、小沢和子から1通の書簡が小沢に届けられた。文面を一読した小沢は、
「来るべきものが来た」
 と覚悟を決めたに違いない。政治家として、あるいは一個人としても、小沢は親しい者によくこう語る。
「俺は人として、男として、妻と家族を守る事を第一に考える。家族を守り、そして地域社会を守り、その延長線上で国家を守ることが政治の根幹でもある」
 その信条からして、書簡は小沢に忸怩たる思いを抱かせるものだった。関係者らの話によれば、和子からの慰謝料の協議を求める内容と思われる。
 それはつまり、法的に離婚手続きが取られた事を意味している。
 実は小沢は数年ほど前から離婚の問題を妻・和子に委ねていたという。本当に離婚の意思があったかは余人の知るところではない。そうすることで、一時は和子も心の平穏を取り戻したかに見えた時期があり、夫婦の関係は小康を保っていたらしい。
 小沢は人知れず苦しんできたと思われる。ある時は、こんな言葉を吐いた。
「すべては俺の不徳だ。妻を守れない。家族を守れない。そんな人間が、何の政治家であるものか。天下国家を語れるものか」
 聞く者には苦悶に満ちた自問自答の苛烈な心象風景を思い浮かべさせる。小沢を近くで見てきた者には驚くべき変調と映った。家族、コミュニティ、国家を守ることを同心円の問題と語ってきた小沢にとって、一見、筋の通った話にも聞こえるが、しかしこれまで、どんなに自分や家族がマスコミの集中砲火を浴びても、事実でない誹謗中傷を浴びせられても、天下国家のためには耐え忍ぶしかないとしてきた小沢の態度とは明らかな段差を感じさせた。
 小沢の変調は、和子の変調と軌を一にしていた。
 家族愛に燃え、政治家・小沢を支える一点に人生を懸けてきた和子との二人三脚は大きく歪み、音を立てて崩れ、その度を深くしていたのである。
 何があったのか。その始まりは和子の「もうひとつの家族愛」と無関係ではなかっただろう。小沢との間に生まれた3人の息子と同じように、親同然に愛してきた実弟(福田実・福田組社長)が、03年、癌で突然この世を去ったことと符節を合わせている。54歳の若さだった。続くように実父・正も09年逝去。和子は激しく動揺した。
 最愛の肉親を2人失った寂寥感、心の空洞を小沢にぶつけたとしても、それは責められるべきことではないだろう。多くの女性にとって、親を失う時期は、心身の変調に苦しむ人生の壁と重なる。そこに愛する弟の死が重なり、心のありようや家族の形にも変化が生まれることは、どの家庭にも起こり得る。
 小沢と和子の間で、どのような衝突、格闘があったかは、すぐれてプライベートな問題だ。そこに踏み込むことは報道としても意味をなさないが、結果として、数年の時間を掛けて2人の関係は修復できないものになってしまった。
「別居」と政権奪取の狭間
 和子の変調は小沢の地元や支持者の間では早くから知られていた。
 それまでの和子は、永田町での活動に集中する小沢の代わりに、文字通り「金帰火来(きんきからい)」で毎週のように選挙区に帰って、いわゆる「票田の草刈り」に没頭した。後援会を切り盛りし、有権者の声を聴き、それを小沢に伝えた。小沢も和子を政治的にもかけがえのないパートナーと頼り、和子が岩手から戻ってくる日には、いつも利用していた夜10時着の新幹線を東京駅で迎えることが習いとなった。
 一方で、これも多くの家族が抱える問題として、小沢の母・みちと和子の微妙な関係も存在した。みちは夫・佐重喜、そして息子・一郎を支えた鉄壁の後援会を築き上げた原動力だった。その自負と小沢への愛が、あるいは和子を嫁として迎える心のハードルになっていたのかもしれない。
 やがて、みちが病に倒れてからは、後援会を支える重責は和子の双肩にかかり、和子はその役目を見事に果たしたが、病床のみちは和子を完全に受け入れはしなかった。その献身的な看護を拒否することもあったという。時には医療スタッフの世話さえ善しとしない頑迷さを見せたとされる。
 当時、若き自民党幹事長として飛ぶ鳥落とす勢いだった小沢は、妻と母の確執の間で、母の介護という難題も抱えることになった。時には、小沢自ら母の口に食事を運ぶこともあった。
 みちは95年に他界した。
 それからの和子は、小沢王国の大黒柱として駆け回ったが、その頃から政界、マスコミ界の絨毯爆撃のような小沢への人物破壊が激しさを増し、和子の使命感や誇りにも影響を与え、心身の屈折を生じさせたようだ。
 和子の言動に変化が生じてきたことは、家族だけでなく、後援会でも心配の種になった。日に日に変わっていく姿に周囲の心痛は大きかったに違いない。小沢にも悔恨が沈殿していった。時にはありもしないことを口走り、根も葉もない中傷と知る噂で小沢を激しくなじることもあったという。
 自分の内面、ましてや家庭の“阿鼻叫喚(あびきょうかん)”の様を語ることなどありえない。内なる葛藤を抱えながら小沢は政権奪取にひた走った。それを止めることは誰にもできない。それこそ小沢における政治家の摂理なのだ。夫婦の関係は難しくなるばかりだった。
 やがて和子は世田谷区にある小沢邸の敷地内に別棟を建て、そこで生活するようになった。それが「別居」と報じられたこともある。
 和子は、あんなに心血を注いできた後援会活動にも、実弟が亡くなった10年ほど前から、ぷっつりと姿を見せなくなって家に閉じこもるようになった。これは後援会関係者なら誰もが知る事実だ。「小沢家の問題」を取材するマスコミも、きちんと地元に行けば簡単に確認できるはずである。
 その頃でも小沢は、毎夜9時過ぎには自宅に帰ることを決め事にしていた。和子との会話はほとんどできなくなっていたが、それでも、指呼の間(しこのかん)にいる和子が昔日のように「パパ!」と声を掛けてくるかもしれない。そんな期待も秘めていたのだろう。
 しかし現実の和子は、ますます猜疑心や妄想にとらわれるようになり、最も信頼している次男以外の言葉は受け入れないほどに憔悴を見せるようになった。いきなり秘書に小沢のスケジュールを詳細に報告させ、その立ち寄り先に片端から連絡して、「小沢は本当にそこに行ったのか」と詰め寄る異常な行動が周囲を驚かせる“事件”も起きた。
 次男と小沢の関係にも暗雲が立ち込めた。和子の心を救いたいと、実家である福田家の関係者が話し相手になって支えた時期もあったが、そうした努力は誰の目にも不毛で、和子を訪れる人は少なくなっていった。
 父と母、父と弟の間に立って辛苦を引き受けてきた長男も、ついに家を出る決心をした。
 そして小沢は、求められるまま和子に離婚のフリーハンドを与えた。家族の絆を取り戻すことはますます難しくなった。
「手紙」に書かれた数々の矛盾
 半年ほど前、小沢後援会の婦人部の何人かに、「小澤和子」から手紙が届いた。
 すでに『週刊文春』が報じ、その直後に何者かが文面のコピーをネットに広く流出させたものだ。そこには小沢への激しい非難と離婚の事実が綴られていた。
 手紙が和子の手によるものか真贋はわからない。書かれた内容には、明らかに事実ではないことも多い。
 数年間、「別居」していた和子が「小沢邸での政治密談」を暴露してみせたり、小沢家の所有する不動産に関する記述が間違っていたりと、少なくとも正常な判断ができる状態なら書かない内容が多く見られる。かつて一部の新聞、通信社が「スクープ」と報じ、事実は違った「総選挙で小沢が京都から出馬する」という捏造情報をそのまま書いていることも不自然だ。
 人物破壊に加担する多くのマスコミは、手紙の内容を確認しないまま事実であるかのように報じているが、それを信じる国民の間で最も批判の強い「大震災の際に放射能を恐れて逃げようとした」というくだりは明らかに常軌を逸している。なぜなら、震災の少し前から和子の変調は激しくなっており、現在まで1年以上も小沢と会話も交わせない状態が続いているからである。放射能から逃げる、逃げないで小沢と揉めたという記述には疑問がある。
 そもそも手紙では、放射能から逃げたい小沢が地元には近づこうとせずに「長野の別荘地」に避難場所を購入したというのだが、仮に「別荘地」が軽井沢だとすれば福島第一原発からは約250km、ちょうど岩手県都・盛岡までと同じ距離である。さらに震災後に千葉で釣りに興じたという記述もあるが、これも東京より原発に近く放射線量も多い地域なのだから、事実とすれば小沢の行動はあまりにも支離滅裂である。
 付言すれば、現実には震災直後の小沢は地元対応に寝る間もなかったようだ。これもマスコミは知り尽くしているはずだが、地元・岩手は、達増拓也・知事はじめ県政中枢部に小沢派が多い。彼らが震災対応で小沢に刻一刻と報告を入れ、政府への橋渡しや支援を要請していたことは誰でも想像できるはずで、実際、県政関係者はそう本誌に明かしている。しかし、人物破壊勢力は、あえてそうした常識的な判断から目を背け、確認取材もしないまま「和子の手紙」を事実として垂れ流すのである。
 また、「離婚した」としながら、旧姓の「福田和子」ではなく「小澤和子」と署名していることも奇異な印象を与えていた。
究極の狙いは「骨肉戦争」?
 ある後援会の関係者は、書かれた内容そのものより、和子の心がそこまで深刻な状態になってしまったのかと衝撃を受けた。また、達筆で知られた和子の直筆にしては、あまりに筆が乱れていること、さらに内容がこれまで小沢への攻撃材料にされた”疑惑”をなぞるように書かれていたことから、「何者かが捏造したものではないか」と疑う関係者も少なくなかった。
 ただし、事実として明らかなのは、冒頭に書いたように和子が小沢との離婚を決意し、慰謝料の協議を申し入れたことだ。その点で、手紙には重要な部分で真実が書かれている。
 人物破壊を進める勢力にとっては百万の味方を得たようで、欣喜雀躍とする様子を隠そうともしない。
 手紙が報じられる2週間ほど前、人物破壊の工作に深く関与してきた政界関係者が、「いよいよ小沢を潰す時がきた。息の根を止めるものすごい情報が近く報道される」と、一部政界関係者に触れ回っていた事を本誌は確認している。そして前述のように、報道の直後から、タイミングを計ったように文面のコピーがネットに流出した。政界でよく見る怪文書による「紙爆弾」の手法である。
 手紙の内容にも、この紙爆弾の性格を窺い知るヒントがある。
 なぜ、数年来、没交渉だった後援会に宛てられたのか。また、「慰謝料を取れば、それを岩手に寄付したい」と書かれたのか。
 ある後援会関係者は、「これは小沢家の悲劇の始まりになるかもしれない」と苦痛の表情を見せた。
「書かれた内容は後援会の人間ならデタラメがほとんどだとわかるものだが、和子さんと、それを支える次男が小沢先生に反旗を翻している事実は変わらない。誰かに唆されて書いたものか、あるいは捏造されたものかにかかわらず、私たちが心配するのは、このアクションが後援会と地元に向けられた点だ。家族の問題で小沢先生の政治生命に打撃を与えようという意図がはっきり出ている。それを望む人たちは、例えば次男や和子さん自身を小沢先生の対抗馬として擁立して泥沼の骨肉戦争をさせるなどして、小沢先生を決定的に痛めつけようとするかもしれない。
 そうなっても、たぶん小沢先生は家族と争うことはしたがらないだろう。引退とは言わないかもしれないが、ある意味では検察の捏造した政治資金問題以上に苦しい問題になる」
 その懸念が現実になるかはわからないが、離婚が事実である以上、そして政治資金問題がマスコミや権力者による捏造だったと判明した今、家族の問題が人物破壊の主要テーマになっていくことは間違いなさそうである。すでに、新聞、テレビニュース、ワイドショー、果ては国会での野党質問にまで「和子の手紙」は利用され尽くしている。
 妻や息子から恨まれる小沢は、本人が言う通り不徳のそしりは免れないかもしれないが、その家族の問題さえ、執拗で容赦のない人物破壊の結果だったという面が否めないことは、まさに悲劇である。
 この国の政治と権力のどす黒い醜態は、ウォルフレンが言うまでもなく、世界の日本不信の根本原因になっている。それに振り回される有権者、国民もまた悲劇の当事者である。


◆大震災被害対策「小沢一郎さんの計らい・小沢力」が有効に働いている/仙台空港=小沢側近・弟子が奔走 2011-04-25 | 地震/原発/政治 
東日本大震災津波・岩手からの報告
日本一新の会 達増拓也(岩手県知事)
 「日本一新メルマガ」への投稿は、大震災津波後、初めてになります。岩手県や県内被災地に対し、全国から、世界から、多くの支援、お見舞い、激励をいただいています。この場を借りて、感謝申し上げます。
 また、大震災で犠牲になられた方々、その関係者の方々に、心からの哀悼の意を捧げます。
 発災翌日の3月12日、岩手県選出参議院議員である平野達男内閣府副大臣が、23人の事務方と共に岩手入りし、岩手県庁内に政府の現地連絡対策室を立ち上げました。事務方は、内閣府の防災担当参事官の下に各省庁の若手で構成。県庁内には、11日のうちに自衛隊の連絡窓口もでき、その後、北東北3県を管轄する第9師団の司令部が青森市から岩手県庁に移されました。
 これにより、発災当初から、被災地が直面する課題について国と地方自治体の職員が共同で解決する体制ができました。同じころ、県は、停電と通信途絶の中で、12の沿岸市町村全てに本庁職員を派遣して、状況を把握し、初動を支援しました。市町村と、県と、国の各省庁がつながって、人命救助、避難、応急復旧、被災者支援を展開しました。避難所のケアは、自衛隊に負うところ大です。
 工場で研修をしていた中国人が多数被災したので、外務省の中国語ができる職員にすぐ来てもらいました。被災市町村の行政機能が大きく損なわれており、県や他市町村からの大規模な支援が必要だということで、市町村行政に詳しい総務省職員に来てもらい、支援体制作りを手伝ってもらいました。その他にも、いろいろと、現場の要請で各省庁に動いてもらいました。後に政府が決めた被災地支援策のかなりの部分は、市町村、県、各省庁の事務方の「現場力」で作り上げたといえます。
 ガソリンなどの燃料不足が長く続いた件は「現場力」では対応しきれず政府による全国的な調整力と指導力の不足がたたりました。なお、宮城県の政府現地連絡対策室担当の東祥三内閣府副大臣が岩手の被災地入りした時に、仮設ガソリンスタンドの設置を現地で決めてくれ、すぐ実行されたのは助かりました。
 「政治主導」を感じたのは、がれきの処理です。樋高剛環境政務官が政府のがれき処理プロジェクトチームの座長となり、関係省庁の事務方を糾合し、平時であれば1年かかるような省庁間調整を2、3日で終わらせました。阪神淡路大震災時を上回る財政措置も決まりました。がれき問題は被災市町村長が抱える最大の悩みの一つであり、大いに助かりました。樋高政務官は、中選挙区時代に小沢一郎秘書として陸前高田市などの今回の被災地を担当しており、かつて一軒一軒歩いた家ががれきとなってしまった、そのがれきの問題は何としても解決しなければならない、と言っていました。
 発災直後、私が被災地の市町村長さん達にお願いしたのは、住宅地図で一軒一軒確認するように被害状況を把握すること、名簿をしっかり作って住民の安否状況を把握すること、でした。住宅地図と名簿は、小沢一郎さんに習った選挙手法でもあり、災害対策本部長の仕事は選挙対策本部長の仕事と共通点がある、と思いました。
 また、私は津波の被害を受けなかった内陸の市町村長さん達に集まってもらって沿岸支援への協力をお願いし、さらに、県内の諸団体に被災地支援をお願いする文書を作って協力を依頼しました。目的を達成するために、より多くの団体、企業、個人の支援を取り付けていく、というのも選挙の手法に似ています。選挙において有権者の力を結集して為すべきことを実現する手法は、災害においてあらゆる力を結集して被災者を救う手法と共通するのです。
 ちなみに、団体対策に強い自民党本部は今回の災害でも動きがよく、経団連と被災県を直接結ぶホットラインは、経団連の機関紙で喧伝されていますが、自民党災害対策本部が仲介してくれたものです。
 がれき処理で財務省が前例のない財政措置を認めたのには、小沢一郎さんのはからいがあったと思います。小沢一郎さんが岩手入りした時、私との会談では「県は補正予算でいくら確保したか」とか「国の本予算には○兆円の予備費があるから、まずそれを使えばよい」とか、財政的な話が中心になりました。財務省筋から、かなり情報を得ており、また財務省に対してかなり影響を及ぼしているな、という印象を受けました。がれき処理以外でも、財務省が前例のない財政措置を認めた分野がいくつかあります。
 私は、平安時代の中央政府による東北平定の歴史を踏まえ「東祥三さんは宮城駐在の征夷大将軍、平野達男さんは岩手駐在の鎮守府将軍。今回は地方勢力と力を合わせて東北の平安のために働いていますが、小沢先生こそ2人の将軍の上にいる大将軍だと思っていますからね」と言いました。小沢一郎さんは、「はっはっは」と笑うだけでしたが、本人も大将軍的な立場を自覚していろいろ手を打っているのだな、と私は感じました。
 それから、仙台空港を在沖縄米軍が片付けたのは、新進党から自由党のころに小沢側近と呼ばれていた元衆議院議員の米津等史さんの働きかけによるものだったようです。米津さんは普天間問題の関係で在沖縄米軍と一緒に仕事をしており、大震災津波後、仙台空港が放置されているのをテレビで見て、在沖縄米軍に片付けられないかと持ちかけたところ、じゃあやろう、ということになった由。ここでも小沢一郎の弟子が奔走していました。
 大震災津波そのものによる被害への対策については、「小沢力」がかなり有効に働いていると思います。しかし、今のままでは、「小沢力」が全く生かされないのが、原発対策です。本人も、そこが一番もどかしいと感じているのではないでしょうか。 

大飯再稼働反対デモは継続する。→6.29 大飯再稼働は許さない!女たちの国会前アピール

首相官邸前デモに45000人!





6.29 大飯再稼働は許さない!女たちの国会前アピール
http://hairoaction.com/?p=1487

福島の女たちは、3、11以来「二度と福島の苦しみをくり返さないで」と、世界中によびかけ続けてきました。大飯再稼働は、まさに国民に対する冒瀆です。

女たちは怒り、立ち上がり、繋がります。

日本と世界の子どもたちを守り、地球を守りたい女たちによびかけます。

私たちと一緒に立ち上がってください。全国の女たち、あなたたちの代表を「6.29 女たちの国会前アピール」に送ってください。

そして、全国各地で、女たちの抗議行動を起こしてください。

大飯再稼働撤回を地元の国会議員によびかけてください。

そして、拙速な大飯再稼働に反対しなかった議員たちを次回の選挙で落としましょう。主権者は私たちです。私たち一人一人が持つ「武器」を今こそ最大限に生かしましょう。

世界の女たちに呼びかけます。日本大使館に抗議を続けてください。大飯再稼働が撤回されるまで。


■主催 「原発いらない女たち」

■発起人/連絡先 泉かおり 090-2695-1937
■呼びかけ人 「原発いらない福島の女たち」、山口たか、谷田部裕子、満田夏花
アイリーン・美緒子・スミス、木村結、鈴木かずえ、石丸初美

■6.29 (金) スケジュール *13時から、集会と記者会見が加わりました!
13:00 ー 14:30 集会 & 記者会見 @経産省前テントひろば
15:00 ~16:30 大飯再稼働撤回・女性国会議員と全国の女たちの院内集会 @参議院議員会館 101号室
 ≪かんしょ踊り流しにて移動≫
17:00~18:00 国会正門前アピール(参加者は国会正門前南側公園角)

☆参議院議員会館、国会議事堂周辺地図☆
 http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kokkaimap.htm

☆☆☆☆☆☆☆

翌6月30日には、札幌でもアクションが予定されています。

●6.30 (土)大飯再稼働は許さない!女たちの一票一揆・北海道
14:00~ 「女と子どものシング・ア・ソング」札幌デモ(大通り3丁目)
18:00~ 「大飯再稼働撤回・一票一揆で女が変える!政治もくらしも原発も!」
北海道女性議員と女たちの集会
かでる2・7(北海道立道民活動センター)1030会議室

主催:脱原発をめざす女たちの会・北海道 
連絡先:070-5065-5014(山口)



06233_20120623091724.jpg

06231_20120623085752.jpg







Saike ‏@Saikeman
いまNHKに電話してなぜ首相官邸前の4万人越えのデモをTVで報道しないのか?と訪ねた。
『こちらでは報道しない理由については分かりませんが、報道した方がよいというお客様のご意見は上に伝えさせて頂きます』という返答だった。さあ、どんどん電話しよう!
NHK:0570-066-066



大塚 建一 @脱原発に一票 ‏@bronks4215
ホッケとかどうでもいいし・・・RT @cinamochan はい 7痔も9時もNHKニュース見ました。一言も報じませんでしたよ!呆れたぁ~アセRT @hanayuu 低気温の~21時のNHKラジオニュースは首相官邸前デモを1秒も報じず終了
http://alcyone-sapporo.blogspot.jp/2012/06/nhk_22.html?spref=tw

RON(脱原発1票/電気料値上げ反対) ‏@arakanZG
【報道ステーション】寺島ってのが「日本から原子力技術を無くしてはならない。今後も研究と発電を続けるべき」と言ってた。冗談じゃない!原発は稼動させてるより廃炉のほうがよっぽど高度な技術が必要なんだよ。偉そうに知ったかぶり言うんじゃないよ!

mai(脱原発に一票【沖縄一区】) ‏@jrmmnisi
報道ステーション、古館「日本が本当に原発を脱していくと言う話を、真剣にしていく必要がある。」官邸前デモが毎週金曜日に行われていることも、ナレーションで説明し画面にも出ていた!

Aプロジェクト ‏@A_project__
報道ステーション!はっきり意見が違うと言ってましたね。RT"@nnp_tokyo: すばらしい、古舘さん。惚れた。「(国民は)いら立ちを超えている。(私は)寺島さんとは全く意見が違う。福島を経験して、原発を脱していくことを模索するべき。」"

リクゥイッド ‏@liquid7r
報道ステーション古舘キャスター「原発を脱しなければならないと僕は思う」とコメントし、寺島実郎氏の変なコメントを押し返した。本気出してきた。

かをる Kaoru ‏@laterraverde
報道ステーションのデモ報道の御礼を伝えたい時:(03) 6406-5555受付時間:月曜~金曜 8時から「報道ステーション」終了まで土曜・日曜10時から18時まで(13:00~14:00は業務休止時間になります)祝日11時から19時まで。
http://bit.ly/dLFGmc

三宅雪子 ‏@miyake_yukiko35
テレビ朝日報道ステーションが今日の官邸前デモを放送。4万5千人規模。しかも参加者は極めて普通の市民だ。なぜ、2大臣はノーコメント?私は、「再稼働反対」を叫んだ。

木下黄太 ‏@KinositaKouta
まあ、放送しただけテレビ朝日は一番まし。TBSはどうする。日テレはどうする。フジはどうする。他の民放はどうする。一人一人に問われるだけ。人間なのか、社畜なのか。

もんじゅ君 ‏@monjukun
じゃあ、スルーできなくなるまでやるだけ…! RT @geophysics: 枝野さん、細野さん、官邸前から車に乗り込む際に「官邸前で抗議活動が行われていますが」という記者からの質問を華麗にスルー。

奈良のりゅうさん ‏@naranoryu
報ステがまともに官邸前再稼働反対運動を報じたようです。わずかのジャーナリズム精神が残ってるか…それに比べてみんなから集めた莫大な受信料で年収1500万の優雅生活を送るNHK職員のための犬HKは?受信料を払う人間はバカだ。国を壊す洗脳番組に高額お布施してるのだから。

深田武司 ‏@fukatakesi
報道ステーション、古舘は立ち位置を少しずつ変え始めたね。 今日の首相官邸前再稼働反対集会をキチンと報道。寺島実郎の訳の分からない話にも反論してたね。 ちょっと暖かい目で見守って見ようかね。(^_^)

Atsusi ‏@Nicarao11
報道ステーション 寺島は何言ってるんだ?考える力が弱い。こういった思考が日本が弱くなる原因。海外はもっと考える力がある。

森ゆうこ ‏@moriyukogiin
原発再稼働反対デモ。報道ステーションで大きく報道。 福島県選出議員をはじめ117名の署名を添えて再稼働反対の要請を行ったのに、野田総理や細野大臣は話を聞こうともしない。 しかし、今夜のデモの声は官邸にも届いていたはず。

ドンキー ‏@Donkyhote
報ステ:寺島氏と考えが違うがと古館キャスターが発言。このように相手のペースに乗らないで、自分の意見をTVではっきりと言っている。古館氏を見直した。 官邸前の再稼働反対デモの報道もまともだった。

児玉助六(こだますけろく) ‏@2012wat
NHKが再稼働反対デモを完全スルーしたことで、1%の良心もないことがわかったから、逆にスッキリしたよ。敵とみなすね。

那波かおり/NAWA, K ‏@kapponous
テレビ朝日が切り崩された。きっとほかの局もこれに追随するだろう。戦陣を切ってくれた報ステにありがとう! 官邸内に声が届いているというのは本当だった。私たちが入れない場所からの聞く「再稼働反対!」その声を聞く官僚たちの顔。やっと、大きなアクションがそれにふさわしい扱いを受けた。

fumi ‏@0000166fumi
報道ステーションの何がよかったって、普通の一般の人にインタビューしてたこと。受けた人も「集まってるのはまったくの個人」と答えてた。毎回どんどん人数が増えてると。そう、そうだよ、どんどん報道してよ。当たり前のことが、こんなにもうれしい。

KaoruFO ‏@KaoruFOTSUKA
テレ朝は、あの夜の古舘さん発言から変わった…。なのに、NHK21時ニュースは4万人デモを放送する気配がなし? これ、異常緊急事態だと思います。 RT @itukihaituka テレビ朝日の報道ステーションで今日の首相官邸前デモの事を放映すると記者の方が話していました。

yokoching ‏@yokoching
本日の関電本店前抗議、みなさんのご協力を得て、整然と無事に終えることができました。カウントをして下さった方によると1574人だそうです。本当にお疲れ様でした!首相官邸前の抗議は45000人を数えたと聞きました。参加された方、参加できなかった方、来週周りの人を1人誘ってみませんか?

理子/RiCO ‏@RiCO318
報ステ、扱いが大きかったね。これ見てデモ行く人が増えれば、警察発表も1万人じゃ済まなくなるかもよ。

ゆらまる ‏@yuramal
デモ初参戦だったけど、まわりにいた人たちはみんな穏やかな感じの人たちだったな。




http://www.asahi.com/national/update/0622/TKY201206220491.html

大飯再稼働撤回求める 官邸前で「4万人」抗議

大飯再稼働撤回求め官邸前で「4万人」抗議 賛成派も集まる

首相官邸前で原発再稼働を支持するメッセージを掲げる人たち=22日午後7時12分、東京・永田町、小川智撮影
[PR]

 関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働撤回を求める市民らが22日夜、首相官邸前で抗議集会を開いた。主催者発表で約4万人、警視庁調べで約1万人が参加。プラカードや横断幕を手に、「再稼働決定は許せない」と参加者が次々に声を上げた。

 俳優の山本太郎さんは「この声が聞こえないなら、(首相は)即刻退場すべきだ」。この抗議集会に初めて参加したという作家の落合恵子さんは「私たちは一歩も後ろに引かない。これほど市民を裏切る人々を許さない」と野田政権を批判した。

 官邸前では大飯原発再稼働への抗議活動が週末ごとに続き、16日の再稼働決定で反発が一段と強まっている。22日は市民団体有志がツイッターで呼びかけ、仕事帰りの若者や女性らの参加者が車道にあふれた。

 また、この日は、再稼働を支持する団体などが抗議集会に批判の声を浴びせ、官邸前は騒然となった。

http://mainichi.jp/select/news/20120623k0000m040067000c.html

大飯再稼働:撤回求め官邸前でデモ 列は700メートルに
毎日新聞 2012年06月22日 21時22分(最終更新 06月22日 21時40分)


 東京・永田町の首相官邸前で22日、関西電力大飯原発の再稼働撤回を政府に求める抗議行動があった。主催者によると約4万5000人、警視庁によると約1万1000人が参加。周辺の歩道を埋め尽くした人が「再稼働反対」と、約2時間にわたって声を上げた。

 有志の市民ネットワーク「首都圏反原発連合」の呼びかけ。3月に始めた当初は300人程度だったが、回数を重ねるごとに参加者が増えたという。この日集まった人の列は約700メートルにも達した。

 茨城県土浦市から来たという会社員、東原裕樹さん(32)は「フェイスブックで今日の活動を知った。核廃棄物の処理方法も決まっていないのに再稼働するなんてあきれてしまう。黙っていてはいけないと思った」と参加理由を話した。【池田知広】

アメリカに嫌われた小沢一郎の政治思想と生き方

大久保隆規秘書逮捕の背景にあるもの

http://www.asyura2.com/11/senkyo115/msg/672.html
2009.2.17には、小沢一郎はクリントン米国務長官と会談し『対等な日米関係』を主張している。

その一週間後の2009.2.24には小沢一郎は『日本の在日米軍は横須賀の第7艦隊だけで十分』といういわゆる『第7艦隊発言』を行っている。

そしてその一週間後の2009.3.3には小沢一郎の公正第一秘書である大久保隆規秘書が政治資金規正法違反で逮捕されるという事態になっている。
アメリカによる日本への圧力と小沢叩きは連動した一連の出来事である。


私はよく「小沢のもとからは人が離れていく」などと批判される。
しかし、
人を集めて組織を大きくしても、理念なき烏合の衆だったら意味がない、というのが私の考えだ。
今必要なのはたとえ小さくても、新生日本の建設に向けた明確な主張を持った組織なのである。
政党がみんなその場しのぎの無原則な集団になり果てたら、真っ暗闇のなかで国民は何を手掛かりに進んでいったらいいのか。

「中央公論」 2002年3月号

アメリカが石油の利権だけを目当てにイラク攻撃をしているとは思いません。
ネオコン(新保守主義者)にだって、彼らなりの理想はある。
しかし、そのやり方があまりにも拙劣で、唯我独尊すぎる。各国が「イラク攻撃は正しい」と認めて、一緒に行動してくれなければ、それは正義とは言わない。

あれは、米軍占領下のなかでやっているからですよ。
イラクの一般の人達は、国連はアメリカの片棒を担いでいると考えています。
アメリカといっしょになってやっているという感じになってしまうから、駄目なんです。
アメリカがまちがえているんですよ。

最近、知り合いのアメリカ人が私を訪れてきたのです、言ってやりましたよ。
「ベトナムで懲りたはずじゃなかったのか? ぜんぜん学んでいないじゃないか。他国に行って、その国をコントロールしたいのなら、まず各国のコンセンサスを取り付けなくてはいけない。それがあって初めて説得力が生まれるんだ。軍事力だけで事を運ぼうとするから、アメリカの行為は、利権漁りにしか見えないんだ」という具合にね。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

軍を増派して(アフガニスタンに)派遣する。そういう考え方を変えないとダメだ。いくら兵隊を派遣しても絶対勝てない
( 出典J―WAVEラジオ番組にて)

米国に謝罪を求める考えで話し合うべき
(出典「新しい日本をつくる国民会議」主催での党首討論にて)

戦後政治は結局、冷戦構造、米ソ二大陣営という世界的な枠組みの中で終始し、日本はさらに、アメリカの戦略の範囲内、温室の中で育ってきた。
良くも悪くも本当の意味での政治は日本の戦後にはなかった。

つまり、国民の代表たる政治家による政治の決断は、ほとんど必要がなかった。
得たものの配分が政治のすべてとなり、配分権を持つ役人が全権力を握ることになったのは必然の結果だと思う。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)



老後
残り少ない人生だもの。レールさえ敷かれれば、僕がもう前線に立つ必要はない。
碁を打ったり青い海で釣りをしながら楽しく生きなくちゃ。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)


民主党が自民党と違いがなかったら、存在する必要がないでしょう。
岡田前代表は、ほとんど自民党と同じ考え方だった。
だから負けたんです。いまだから話すけれど、
私は彼に「自民党と政策がダブるようなら民主党は要らない」といっていました。
与野党が足並みを揃えてうまくいく時代なら、それも分かりますよ。自民、社会の五五年体制はまさにそうだった。両党間の対立なんか本当はなかった。それは当事者だった私がいちばん知っている。
亡くなった江藤淳さんが「地下茎ですべてつながっている」といったとおりで、だからのちに自社さ政権ができた。本当に対立していたら、連立できるわけがない。そこを岡田君以下、みんな勘違いしている。
VOICE 2005年10月10日(月)


日本はアメリカの属州


http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-357.html

小沢一郎語録

世界情勢や日本の政治状況により、その都度、語録も変化しているが、それはブレでも何でもない。
あくまでも政治理念と目標の筋が一本通っていて揺るがなければ、あとはそのための戦術であり目的達成のための手段
でしかないので、それが変わっていくのは、むしろ当たり前のことで、これをブレると言っている輩は批判のための批判で言いがかりというものである。


小沢一郎のWebsiteを中心にネットで集める。

下記の内容は排除

ネトウヨ系の「短絡揚げ足取り批判のための語録」

時系列に並べて発言の矛盾点を浮き彫りにさせようと意図する「悪意丸出しの偏向メディア系語録」

2002年から2009年までの雑誌を中心とする語録

政治目標・普通の国
日本のように、自分の考えとか主張が何もないという状態が「普通ではない」ということなのです。安保面だけのことではない。温室育ちの、世界でも特殊な国家の日本では、「普通ではない」ことがまかり通っています。「自立した国民による自立した国」、それが普通の国です。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)


僕の政治の目標は、国家の目標も人づくりの目標もそうですが「自立」です。自分で判断して、自分の責任で行動しろ、甘ったれるんじゃないと言っている。人のせいにするな、自分でやったことは自分でしりぬぐいしろというのが基本です。日本が自立した国家として体を成していないのは、日本人自身が自立していないからです。政治塾もそのことを最大の眼目にしてやっています。
桜門春秋 2005 春季号 2005年4月1日(金)

小沢一郎自身について
人が離れていくこと 
私はよく「小沢のもとからは人が離れていく」などと批判される。しかし、人を集めて組織を大きくしても、理念なき烏合の衆だったら意味がない、というのが私の考えだ。今必要なのはたとえ小さくても、新生日本の建設に向けた明確な主張を持った組織なのである。政党がみんなその場しのぎの無原則な集団になり果てたら、真っ暗闇のなかで国民は何を手掛かりに進んでいったらいいのか。
「中央公論」 2002年3月号

老後
残り少ない人生だもの。レールさえ敷かれれば、僕がもう前線に立つ必要はない。
碁を打ったり青い海で釣りをしながら楽しく生きなくちゃ。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)

田中角栄
田中のおやじ(田中角栄元首相)は、もともと貧乏な家の出身で、僕の感覚にぴったりだった。だから、自分から田中さんを訪ねていった。当時は官僚出身の佐藤栄作さんが首相で、長期政権が続いていた。その後、田中さんが佐藤派を引き継いだ。しかし、僕は官僚に対する反発のようなものが田中さんとマッチしていましたね。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)

田中さんはその時代の人ですよ。官僚をうまく使いこなした。パッと先を読んでいろいろ考え、ピュッピュッとやってしまう。それを官僚も大歓迎した。官僚や世間の人が考えることを先読みして行動する政治家だった。だから、いかにも官僚を使ったように見えた。しかし、官僚の考えている政策の基本路線から外れることはしなかったですよ。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)

要するに田中先生は、戦後体制の中の一人だったということです。
田中先生が活躍した時代はそれでよかった。田中先生はほかの人たちより活動的だし、先を読めるし、とても大衆受けする。政治家としての能力をものすごく持っていた。だけど、体制を壊そうとした人ではない。
僕は体制そのものを変えようとしている。だから、僕にとっては反面教師だね。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)

二大政党制
僕は、日本の二大政党をこう描いているんです。一方は、自民党に代表される日本的コンセンサス社会と平等を基本の政治哲学として持つ、ある意味で内向きな政党。もう一つは、公正さをより重視し、もう少し外向きで、多少自由の範囲を広げる政党。この理念・哲学の対立する二大政党が政権交代することで、日本は時に応じて内向きになり、あるいは外向きになる。もちろんそれは程度の問題ですが、そういう二大政党の政権交代が理想的だと思います。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

内向きなコンセンサス社会、つまり日本の伝統的な社会を色濃く残していこうという基本的な哲学を持った政党。もう一方にもっと外にも内にも開かれた、オープンで自由な社会にしようという哲学、理念を持った政党。この二つが対立軸になって、政権交代しながら運営していくといいんじゃないかなと思いますね。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

政治主導 
我々の祖先は明治維新をやった。今の体制から我々の民主党の目指す社会への変革どころじゃないわけ、それは。
その大革命の歴史を日本人は持っているし、そうした資質を僕は信じています。やればできる。いつまでも過保護にしているからできないだろうと思っているだけ。
そう思います。
月刊「現代」 10月号 平成15年9月5日(金曜日)

優秀な役人ほど、僕の考え方に賛成してくれると思いますよ。役人を上手に使わないと霞ヶ関改革はできませんね。さて、どの役人を使うか。具体的な名前は言えませんが、僕の志や理念を理解してくれる優秀な役人は、各省庁にいると思っています。志のある官僚を揃えて、政治主導で改革を行う。そうすれば、明治維新のように国が変わり、国民の生活が変わる。国民が主役の政治が、初めて機能し始めるのです。
日刊ゲンダイ 2008年10月14日(火)

政策決定 
議院内閣制というのは、大統領制とは違って、実は完全な三権分立ではありません。政府・与党が立法と行政の両方を事実上支配するわけです。ところが、日本では戦前から戦後今まで、議院内閣制をとっているにもかかわらず、与党と内閣は違うものと位置づけられてきたんです。要するに、政策決定の場は与党になっている。本来は内閣ですよ。しかし、行政はすべて官僚によって押さえられていますから、国民からみれば与党は何をやっているんだという批判をあびるから、与党は政調というかたちで政策決定をしているふりをしている。
月刊「現代」 10月号 2003年9月5日(金曜日)

国会改革
国民の目にすぐ見えるようなことを実行しなければいけないと僕は言っているんですよ。例えば、国会の委員会から役人を追放しますBそれによって政治家が本当に自分で勉強して自分で質疑応答をやるようになる。恐らく最初はいろんな珍問答、珍答弁があると思いますがそれでもいい。最初からうまくいくはずがないんです。だけど政治家が自分の言葉で質疑をやるようになれば、必ず国民の関心は高まります。国会中継だって、NHK以外に民放だってやるようになるでしょう。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)

地方分権
政官業の癒着の原因となっている個別の補助金を廃止する。地方自治体にお金をあずけますから、自分たちで自由に考えて使ってくれと。これも非常にわかりやすい改革です。まずこの二つをやりたい。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)

たとえば補助金の廃止ですね。「少なくとも、金によって地方を支配するやり方はよくない。これが腐敗を生み、そして、政官業の癒着となる。腐敗をなくすと同時に、地方分権を確立するために個別の補助金はやめます。みんな一括して自主財源として交付します」という公約なら、すぐにわかると思います。
月刊「政界」10月号 2003年9月12日(金曜日)

今、国と地方の行政経費はトータルで150兆円もかかっていて、そのうち補助金に関係するものが3?4割もある。地方分権で無駄を省けば、財源は容易に捻出できるんです。地方分権のもう一つのいい面は、霞ヶ関だと一般国民の監視が行き届かないけれど、地方だと市役所の話だから住民のチェック機能が働く。
2007/12/25発売 扶桑社『週刊SPA!』 1/1・8号

地方政治
全党相乗りはダメです。日本では「みんなでやるのがいい」みたいな傾向があるけれど、100%全員の主張が同じなんていうのは宗教か独裁国家。むしろ競うことによっていい政策が出てくるし、緊張感も生まれる。
2007/12/25発売 扶桑社『週刊SPA!』 1/1・8号

農業政策
僕は、農業を国全体の社会政策から、自然環境の維持などの観点も含めていろいろな面から見ているんですけれども、これからは、産業としてもやる気になればかなりいい線いくんじゃないかという気がしていましてね。無農薬とか有機栽培とか、そういう形でかなり競争力も出てきている。だから、農業自体にとっても、本来の自然に帰ったほうがいいと思ってるんですね。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

自然・環境
今、多くの原生林は営林署が荒らしているし、里山は入る人がいなくなって、荒れ果てている。そこを、ちょっとずつみんなで手入れしていくようにすれば、お年寄りだってできる。山が荒れた原因の一つはプロパンガスと灯油の普及です。それまではみんな、薪を拾ったりしてたでしょう。それから炭を使うことも、茅葺き屋根にすることもしなくなった。山に入る人がいなくなった。それが自然といえば自然かもしれないけれども、人間と共生している自然ではなくなってしまった。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


憲法
日本は大日本帝国憲法から日本国憲法へと、古い言葉でいえば国体が変わった。ただし、現憲法は明治憲法と同じ君主制を実質的にも引き継いで、立憲君主制なんですね。そこを抜きにして、例えば首相公選制がいわれる。いわゆる大統領制ですが、高名な政治家でさえも、象徴天皇制の論議を全然しないで、直接選挙の大統領制にしたほうがいいという話を平気でしている。
第1条の持つ意味は、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴として、日本国民にかわって、あるいは日本国民の名においてという言い方もできるんですが、国の基本に関わる国事行為を行なうことにある。
大日本帝国憲法が歪められたのは、「天皇は陸海軍を統帥す」という条項があって、軍人は統帥権は独立していて、政治とか内閣とは関係がないという論理で無茶を通したからです。しかし明治憲法にも、天皇大権について「内閣の輔弼の責任」と明確に書いてあった。現在の日本国憲法でも、国事行為は「内閣の助言と承認」となっている。
だから、明治憲法も、統帥権を含めて天皇大権はすべて内閣の輔弼の責任であると、もう少し具体的に書かれていたなら、統帥権の問題も生じなかったし、現在の憲法と同じだった。もちろん、基本的人権などその他の部分は違うけれどもね。戦前の軍人による悪用は別として、立憲君主制とは、国民が執行者として選んだ内閣の責任において、天皇が、戦前でいえば天皇大権を、戦後の日本国憲法でいえば国事行為を、国民の名において行なうという政治の仕組みです。それが厳然としてある以上、立憲君主制をやめて共和制にするというのであれば、また全然別の議論だけれども、それを除いてこの国の形態を、特に政治の仕組みを論ずることはできない。
週間ポスト 05年1月1・7日号 2004年12月

僕は憲法について固定した観念は持っていません。
憲法は、我々が社会を構成して、我々がより良い生活を送るためのお互いの約束であり、その最高のルール、一番の基本となるものです。世の中が変わり、時代が変わって、そのルールが合わなくなったら変えるのは当たり前。
しかし、自民党は新しい時代の理念、あるべき国の姿を真剣に議論しているとは思えない。20世紀の歴史は何だったのか、だからこの21世紀はどうあるべきなのか、そのためには日本はこうすべきだという理念がまずなければならない。そのためには憲法も変えなければいけないというのなら分かりますが、これまでの憲法論議はそうではない。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

9条は、正当防衛以外の自衛権の発動を禁止していると解釈できます。「自衛」と「正当防衛」は英語ではself-defenseと同じですが、別な言い方をすると、急迫不正の侵害、もしくは本当にこのままでは日本の侵略につながることが明らかな場合も含んで、日本が攻撃を受けた場合にのみ自衛権の発動が許される、ということです。
それ以外の、日本に直接危害が及んでいない事件について、日米が共同してどこにでも軍事力を展開できるというのは、完全に9条に抵触する行為だと解釈しています。9条によって、当然、自衛権は集団的であれ個別的であれ制約を受けている。
古今東西の歴史を見れば明らかだが、集団的自衛権であれ個別的自衛権であれ、「自衛権」の拡大解釈によってすべての戦争が起きています。集団的自衛権を日米同盟という基軸でとらえ、米国と一緒なら世界中どこにでも行けるというのは明らかな間違い。また、個別的自衛権について、日本人もしくは日本の財産、権益が侵された場合は、どこにでも軍隊を派遣できると解釈するのは、昔と同じ過ちの元です。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

リーダー
トップダウンが一概に悪いわけではない。トップが、理念や哲学をちゃんと持っていて、失敗した際に責任を取れるならね。しかし、民主党の場合、それ以前に、議論ばかりしてないで、結論を出すことの重要性に気付かないといけない。角が立たないように玉虫色に、難問を先送りし、コンセンサスを形成する。これは日本的民主主義であって、真の民主主義ではありません。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

日産の社長、カルロス・ゴーン流を学ばなくてはいけない。「私は改革をこのように進める。それができなかったら、責Cとって辞める」この一言をズバッと言うことこそが、欧米流の民主主義の神髄です。今までは日本的民主主義で済んできました。しかし、グローバリゼーションの中、それでは立ち往かなくなっています。幕末と同じ時代背景なのかもしれない。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

政治家としての強さは、自分の責任でキチンと結論を出し得るか否かで測られるものです。それができれば、わざわざイメージで強さをアピールすることはない。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

価値観の崩壊が進んでいる中でリーダーシップを取ることは、やはり政治家の責任です。しかもこの時代だから、政治家にはそれなりのスケールが求められる。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

日本はもともとリーダーが出にくいコンセンサス社会ですが、特に戦後はリーダーの立場にある人たちが、それなりの汚れ役というんですか、指導性といってもいいけれども、それを全く果たさなくなった。今の例でいうと、「さぞや痛かったでしょう」と、リーダー自身が平気でいう。結局、みんな総無責任になった。
社会のリーダーたる人たちがリーダーとしての責任を果たしていないし、国民もリーダーとしての厳しい職責を実行しているということを認めようとしない。それで両方とも無責任になっちゃって、混乱した社会になってるんだと思う。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

日本論
個の自立が一番大切なことです。必ずしも2000年ずっとそうだったかどうかは別にして、日本の伝統的社会、何となく受け継がれている風土とか国民性においては、公を際立たせないことが美徳みたいにいわれてきたから、リーダーは認めないし、自己主張もない。みんな玉虫色で、難しいことは先送り。リーダーさえ一つも発言しないということがまかり通る。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

西洋のキリスト教的な哲学は、すべてのものが人間のために存在するという感覚でしょう。それに対し、我々の東洋思想は、自然の中の人間という捉え方をしている。今後、環境というものが最大の問題になった時には、自然あっての我々の存在、人間も自然の中の一つという考え方、思想が新しい時代の考え方としてアピールできると思うんです。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

日本人はそんなに信心深くないから。ただ、ちょっとアブノーマルな状況と結びつくと、日本人は途端におかしくなっちゃうでしょう。戦前の五・一五、二・二六事件(※)から戦争になった時は、国民みんながかなり異常になった。そうなった要因の一つは不況ですが、直接的な引き金になったのは東北の飢饉です。あのとき、僕の地元の役場は、「娘を売る時は役場に相談するように」という回覧板を農家に回した。そのぐらい厳しい、食うに食えない状況だった。その結果、「(青年将校たちは)おれが死んででも、あの悪いやつを倒してやる」と決起した。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

諸行無常という仏教の観念は、人間は大自然の中での一こまという「流れの世界」だから、キリスト教的世界とは根本的に違うと思うんです。人間も自然の中の一つである、一存在に過ぎないという仏教的な考え方は非常に有効だと思います。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

官僚政治
問題はもたれ合いの構図です。日本社会全体がそうなんですよ。官僚と政治家だけじゃなくて、日本社会全体がその中にいる。例えば、何で政治家が官僚に弱いかというと、官僚を敵にすると選挙が危ないからです。いろんな団体に官僚の影響力は強い。官僚を敵にしちゃ選挙できない。怖いんですよ。だから結局、結びついちゃったほうが楽でいい。
だから、そういう体質の中で、それをぶっ壊すというのは、自分の命も絶つ覚悟をしないとできないわけです。政治家と官僚だけじゃなくて、一般国民もその中で食ってる人がいっぱいいるわけだから。
週刊ポスト 12月19・26日号 2003年12月8日(月曜日

戦後政治
戦後政治は結局、冷戦構造、米ソ二大陣営という世界的な枠組みの中で終始し、日本はさらに、アメリカの戦略の範囲内、温室の中で育ってきた。良くも悪くも本当の意味での政治は日本の戦後にはなかった。つまり、国民の代表たる政治家による政治の決断は、ほとんど必要がなかった。得たものの配分が政治のすべてとなり、配分権を持つ役人が全権力を握ることになったのは必然の結果だと思う。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

自民党と官僚による戦後政治は、冷戦構造の崩壊後、機能不全に陥り、あらゆる制度が改革を迫られています。ところが、自公政権の下では、抜本的な改革は全く行うことができず、政・官・業の癒着の中で、「強者の論理」「弱者切り捨て政策」がまかり通っています。
その結果、所得、雇用、教育、福祉など、あらゆる面で格差が拡大し、地域間、企業間、個人間の格差がどうしようもないほど広がってしまいました。日本は最も豊かで平等な国でしたが、いまや最も格差のある国になり果て、日本社会は根底から覆されようとしております。
2007/01/16 【定期党大会】小沢一郎代表挨拶

自民党政治
自民党政治イコール利害調整でもあるわけね。それを構成する派閥も、ポストや資金や票を配分することによって、すべての機能が安定していたわけです。それは、右肩上がりの経済成長と、東西の冷戦という政治的な環境があって初めて成り立っていたことでした。しかし、それはもう望むべくもない。冷戦構造の崩壊によって自立を求められている。経済も、ずっと高度成長なら、日本的な護送船団のボロも膿も出ないで済んだけれども、高度成長がなくなったら、いろんな矛盾がどんどん飛び出してきているというのが今の問題の核心でしょうね。
政治、経済のあらゆる面で、そういう利害調整型のやり方が機能しなくなったということです。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

政官業のトライアングルという言い方でもいいし、コンセンサス政治、あるいは護送船団方式という言い方でもいいけれども、そういう自民党的な政治では、もうやっていけない。それが現実として、表われている。それを小泉さんの言葉でもって、今、一瞬、目くらましされ、カムフラージュされているんだよね。何とはなしの改革というベールで、全部覆い隠されているから、それだけに危険だね。国民もわかってはいるんだけど、何とはなしにちょっと期待するでしょ。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

それは、一つには野党の責任でもあるんですよ。国民は、かなり正体を見破っていると思います。小泉の正体だけじゃなくて、自民党の現実の姿に気付き、そして、このままではだめだという意識は、かなり頭の中にあると思うんです。かといって、まだ豊かに食べている段階で、思い切って、政権を変えようというだけの踏ん切りはつかない。そして、自民党に代わって政権をやる相手がいないという状況だったと思う。
ところが、今度の(民主・自由の)合併によって、これならば、ちょっと変えてみてもいいじゃないか、こっちに任せてみてもいいと思い始めた。そういう政党ができたようだなというイメージを今多くの人が持ちかけているんじゃないかな。ワーワー、キャーキャーという人気じゃないんだけど、いろんな国民が、合併する我々の新しい党に対して、何となく安心感と安定感を抱き、それで、まあ政権を担ってもよかろうという期待感を持つようになった。それがジワーッと広く出てるような感じがします。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

日本は、長いこと特殊な政党が多数の議席を占めてきました。内向きでクローズドで、余計なことには手を出さないで、日本人だけで仲良くやっていこうよ、という政党です。ただ、時代の変化に応じて、外向きでオープンな政権をつくろうという政党も必要なのではないでしょうか。具体的な政策がどれほど違うかは別として、民主党と自民党で、理念はものすごく違います。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

自民党という政党の性格からして、その内部にいる限り、現在の官僚機構に頼って生きるしかないのです。自民党に改革は絶対にできません。国民が本当に改革を望むとき、誰をリーダーに迎えるか、自ずと答えが出るはずです。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

戦後保守政治の哲学といわれる吉田ドクトリンは、長い間、自民党のみならず、官僚、企業、さらには一般社会にまで浸透し、日本人全体の考え方になっていた。具体的にいうと、日本はアメリカの占領体制に身をゆだね、難しい政治的課題はすべてアメリカに任せて、自分たちは国内の経済的な復興と繁栄に専念してきた。この吉田ドクトリンという政治哲学のもとで、半世紀以上が過ぎた。
中央公論 9月号 8月9日(月)2004年

自民党は政権の座から落ちた途端に空中分解するはずだ。自民党は政治思想を同じくする人間が集まっているのではなく、権力があるからまとまっているにすぎない。自民党を解体し、そこで一から新しい二大政党をつくり上げていくのが私の最終目標だ。
中央公論 9月号 2004年8月9日(月)

すでに自民党の命運は尽きている。五五年体制を引きずって、いまだに利権漁りをしているだけだ。問題が生じても、どうしていいかわからず、解決を先送りするばかりだから、とうとう化けの皮が剥がれた。
中央公論 9月号 2004年8月9日(月)

政治家がまず、明確にビジョンを示すこと。自民党はそれをやらずに、役所と癒着してきた。役所は選挙で当選させるほどの力はないが、落とす力はある。それで、持ちつ持たれつの関係になったのです。
日刊ゲンダイ 2008年10月14日(火)

民主党が自民党と違いがなかったら、存在する必要がないでしょう。岡田前代表は、ほとんど自民党と同じ考え方だった。だから負けたんです。いまだから話すけれど、私は彼に「自民党と政策がダブるようなら民主党は要らない」といっていました。与野党が足並みを揃えてうまくいく時代なら、それも分かりますよ。自民、社会の五五年体制はまさにそうだった。両党間の対立なんか本当はなかった。それは当事者だった私がいちばん知っている。亡くなった江藤淳さんが「地下茎ですべてつながっている」といったとおりで、だからのちに自社さ政権ができた。本当に対立していたら、連立できるわけがない。そこを岡田君以下、みんな勘違いしている。
VOICE 2005年10月10日(月)

自民党もかつての社会党も、「日本的なもの」です。表向きは違うように見せ掛けていたが、化けの皮が剥がれて、弱いほうの社会党が潰れた。いまに自民党も潰れるでしょう。彼らの政治は、談合政治、コンセンサス政治、護送船団方式など言い方はいろいろあるが、要は仲間同士でうまくやろう、という考え方です。外交政策もできるだけ内向き、閉鎖的にして、日本人社会を守ろうとする。それは日本的民主主義であり、そのすべてが間違いというわけではない。
VOICE 2005年10月10日(月)

小泉政権について
小泉さんには自民党的と言うよりも、日本人的良心がまったくないし、そこが異常なんです。例えば、森喜朗(前首相)さんだって、あまりの支持率の低さに、「申し訳ない。人気ないから辞めよう」と責任を感じるわけですよ。しかし小泉さんの場合、「何もしなくて、何が悪いんだ。公約なんか、守らなくたって大したこっちゃない」と、開き直るんだからね。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

小泉政権は来年夏の参院選までもちませんよ。自衛隊員の命は、小泉首相はじめ誰も保証できない。企業はリストラで収益を上げているだけで、景気が上向いているわけではない。金融機関も相変わらず不良債権の山を隠していて、破綻寸前の銀行がいくつもある。要するに、構造改革なんてちっとも進んでいないんです。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

やるならやる、やらないならやらない。そしてその理由をキチンと言う。極めてシンプルなことです。信念があるなら、小泉さんは中国のトップの前で、「オレは誰が何と言おうと、靖国神社に行くんだ。中国に文句を言われる筋合いか」と言えばいい。自らの信念に基づいて、理由をきっちり説明できればいいんです。あとは国民がどう判断するかです。それをいつも、説明なしでごまかして、卑怯なやり方で実行する。自衛隊のイラク派兵も同じ手法です。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

総理としての資質と見識の問題と、靖国神社の本質は何かという問題、その二つがあるね。靖国参拝問題は、まず靖国神社の本質から考えなければいけないと思う。僕は9月に中国に行ったとき、そのことを唐家旋(前外相)に話した。靖国神社は、そもそもは明治維新の官軍の将兵の招魂社として建てられた。戦いで倒れた将兵を祀るところだから、戦いで倒れた人以外は祀っていない。例えば、有名な乃木大将は戦いで死んだわけではないから祀られていない。
週間ポスト 2005年1月1・7日号

日本自身に世界戦略が全くない。今の小泉政治は結局、人気取りだけ。すべてそこに原点がある。人気を上げるためにはどうしたらいいかしか考えていない。サプライズという言葉が象徴しているように、もう政治じゃないね。すべては自分が総理大臣の座にとどまるための人気取りであり、それに終始しているところに小泉政治の最大の問題があるね。
週間ポスト 2005年1月1・7日号

小泉さんには、国民のための政治という発想が、そもそもないのです。彼の頭にあるのはパワーゲーム、権力闘争だけです。ところがメディアや国民は小泉政治で日本が救われるといった錯覚に陥っている。そこに、今の日本のレベルの低さと危うさを感じます。
 僕は、自民党政治は日本的コンセンサス社会の象徴だとみています。それは本来、平等を旨とした日本的民主主義ですが、小泉さんはそれを吹き飛ばし、強者の論理の横行、勝てば何でもいいという政治にしたのかな、と思います。もう一つ、前にも言いましたが、戦後の日本に本当の意味での政治がなかったということは、裏返せば自民党政治の本質は官僚支配だということです。そこにも小泉さんは何ら手をつけていません。それどころか、小泉政権ではむしろ官僚支配が強まっています。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

新聞で読んだけど、総理になれなかったから自民党を飛び出しただなんて、バカ言うんじゃないですよ。自分のレベルと一緒にするなと思うね。僕は自民党にいれば、小泉さんより早く、総理になれていましたよ。あえて、反論するとすれば、次の総選挙で過半数を民主党がとって、いよいよ政権をとれるというときに、僕は総理になんかならないで、(民主党)代表をやめたってかまわない
週間朝日 2006年4月28日(金)

小泉さんが変わり者だということはみんな知っていた。ただ、変わってる人だとは思っても、まさかあそこまで非常に徹するとは思わなかった。要するに、日本人的心が全くないんです。利用するだけして、スパッスパッと、人を切っちゃう。僕も変わっているけど、僕の何倍も変わっている
週間朝日 2006年4月28日(金)

小泉政治は、自民党をぶっ壊していない。自民党政治とは官僚支配だけれども、その官僚支配は、全然壊れていない。それどころか、官僚機構は規模から言えば、むしろ肥大している。官僚機構の焼け太りだな。特殊法人をみんな独立行政法人にするというのは、完全に官僚支配にするということだ。
週間朝日 2006年4月28日(金)

自民党をぶっ壊したのは、本当は、僕ですよ。僕のせいで自民党は今、ぶっ壊れる過程にある。もう少し、細川さん(護煕元首相)が辞めずに頑張っていてくれたら、完全にぶっ壊せたのに。あと1年持ってくれたら、自民党は完全にぶっ壊れていた。あれは、返す返すも残念だ・・・・・・。
週間朝日 2006年4月28日(金)

「評価に値しない」としか言いようがないですね。この5年間で、日本は良くなりましたか? たまたま、景気が上向いたと言うけれど、それは小泉さんの政策のおかげえではない。しかも、利益の大半は大企業に集中しているのです。日本経済の土台を支える中小企業などにとっては、「景気回復なんて、どこの話だ」というのが実情ですよ。その結果、選挙でも争点に取り上げましたが、日本社会において、「格差」を深刻化させてしまった。この責任は大きい。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

最も罪深いのは、政治に“心”がないことです。たとえば、3年前、彼は国会で「公約が何ひとつ実現していない」と追及されて、「公約なんかどうでもいい」と答弁した。「約束より、俺が今やりたいことを優先する」と開き直ったのです。これは大変なことですよ。なぜかマスコミがちゃんと伝えないんだけどね。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

人間だから、「努力したけど足りなかった」ということはあるでしょう。松坂投手だって、負けることはある(笑)。でも、何もしなかったことを棚に上げて、国民との約束を簡単に反古にするなど、言語道断ですよ。小泉さんの政治は、一事が万事この調子。殺伐とした、無秩序で無責任な今の日本の風潮を、小泉政治が助長した。僕は本気でそう思っています。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

為政者というものはいろいろなことを考え合わせて、何が最良の対応かを判断すべきです。小泉首相がいままでやってきたようなパフォーマンスだけで国民の人気を得ようというやり方では、北朝鮮のミサイル問題のように深刻な問題には対応できない。そして、為政者が間違った判断や対応をしたとき、その国家がどうなるかは歴史を振り返ってみるとよく分かるでしょう。日本がそういう間違いを犯してからまだ100年もたっていないんですよ。
論座 9月号 2006年8月1日(火)

具体的に言えば、市場万能主義がもたらした「格差」の拡大ですね。だけど一番悪いのは、非常に利己的で、かつ権力志向、自分の利害のためには友情も約束もないという、非人間的な風潮を彼自身が助長したこと。それこそが、世の中をものすごく悪くしたと思う。
マスコミはなぜか、あまり取り上げないけれどね、3年前に言った「公約なんて守らなくたって構わない!」という発言はひどいですよ。とても指導者ではない。為政者ではない。「約束を守らなくていい」と言っているわけでしょう。人間として、子供になんと教えるんですか。先生の言ったことも、友達同士の約束も守らんでいい、と言うのか。唖然としますよ。でもそれがまかり通っている。日本の病はとても重いと思います。
論座 9月号 2006年8月1日(火)

イラク問題
あれは、米軍占領下のなかでやっているからですよ。イラクの一般の人達は、国連はアメリカの片棒を担いでいると考えています。アメリカといっしょになってやっているという感じになってしまうから、駄目なんです。アメリカがまちがえているんですよ。
月刊「政界」 10月号 2003年9月12日(金曜日)

アメリカは、政治的には歓迎していますが、実際、腹のなかでは「こんなアホな連中は来なくていい」と軽蔑していますよ。それが、小泉首相以下、与党の政治家も、官僚も全くわかっていない。西部開拓時代の気性が色濃く残っているアメリカ人がもっとも嫌うのは、卑怯者と臆病者です。鉄砲をもっているのに危ないところには行かないなどという臆病者を相手にするわけがありません。小泉さんは、アメリカの機嫌さえとっておけばいいという目先の損得だけでモノを考えている。総理としての見識も、世界観も、哲学も、勇気もない。そんな日本を世界が相手にするわけがない。
月刊「政界」10月号 2003年9月12日(金曜日)

小泉さんは、ブッシュ大統領に対して、自衛隊のイラク派遣だけでなく、約50億ドルの復興支援の援助まで約束してしまった。小泉政権の外交の原則はただ一つ。アメリカのご機嫌を取るという一点に尽きます。国策や理念があるわけではない。
週刊現代 2003年11月29日号 2003年11月17日(月)

アメリカが石油の利権だけを目当てにイラク攻撃をしているとは思いません。ネオコン(新保守主義者)にだって、彼らなりの理想はある。しかし、そのやり方があまりにも拙劣で、唯我独尊すぎる。各国が「イラク攻撃は正しい」と認めて、一緒に行動してくれなければ、それは正義とは言わない。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

最近、知り合いのアメリカ人が私を訪れてきたのです、言ってやりましたよ。
「ベトナムで懲りたはずじゃなかったのか? ぜんぜん学んでいないじゃないか。他国に行って、その国をコントロールしたいのなら、まず各国のコンセンサスを取り付けなくてはいけない。それがあって初めて説得力が生まれるんだ。軍事力だけで事を運ぼうとするから、アメリカの行為は、利権漁りにしか見えないんだ」という具合にね。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

今、日本は世界的にも笑い者になっているし、アメリカからも信用されていない。アメリカのイラク攻撃がいいといってるんじゃないですよ。あれは大間違いだと僕は思ってるし、民主主義のために戦ったなんていいながら、一方では、同じ独裁体制である北朝鮮に政権存続を担保しますなんていっている。アメリカのやり方は矛盾してるんです。だけど、それにもっと輪をかけていい加減なのは、日本のやり方なんですよ
週刊ポスト1月1・9日号 2003年12月22日(月曜日)

アメリカ
アメリカはいま、政治的に孤立しているから、日本でもどこでも、とにかくサポートしてくれる国に「サンキュー」と言っているだけです。アメリカのエスタブリッシュメントは、日本のことなんかひとつも評価していません。ぼくはそれが、いやというほど自分の経験でわかっている。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

創価学会=公明党
民主党の票は、東京をはじめ、大都心でいまひとつ伸びなかった。投票率が低かったから、結果として、創価学会の集票力が効果を発揮したのです。今後、選挙における創価学会の影響力はいっそう増大するでしょうから、国民の選挙への関心を高め、投票率を上げるために何かを打ち出さなくてはならないでしょう。
それにしても、自民党は「創価学会依存症」がさらに強まったね。もはや、自民党は創価学会そのものといってもいい。だって、「比例は公明党へ」って、自民党の候補者が呼びかけているのだから(笑)。
今後、自民党はこのツケを、公明党に支払わなくてはならなくなる。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

公明党はその後、理念より権力の側に立つことを選択して、従来の主張をことごとくひっくり返した。彼らは選挙で自民党の首根っこを押さえつけていますから、自民党は、何を決めるにも公明党=創価学会に慮る必要が生じます。公明党を中に入れたことで、自民党が内側から蝕まれて瓦解する可能性が高いと思います。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

自民党は滅亡の一歩手前ですよ。選挙で他人の党をよろしくって頭を下げるようなバカな政党なんてありえません。自民党という党自体が事実上なくなりつつある。
公明党自身も、本来の「平和」という主張を捨てて汚れてしまった。そんなもたれ合いは、両党の崩壊を早めるだけです。しかし、公明党=創価学会には政権にしがみついていなければならない理由があるんです。大問題になっちゃうから、ここで具体的には言えませんが。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

このままでは、創価学会も自壊しかねないですよ。言っていることとやっていることが全然違うんだもの。彼らには、権力のサイドにいなきゃならない事情があるんです。だから、こっちが勢いよくなれば、こっちを応援するだろうけどね。でもまあ、そんなのを当てにしてちゃダメです(笑)。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

マスコミ
一番の問題は、「いじめているんじゃないか」といったレベルでしか見られない日本のマスコミ、社会のレベルの低さです。民主主義の未成熟な部分ですね。マスコミは何かというと、政策本位でやらなければならない、政策論議がなされないと言う。しかし、いざとなると、政策の話はどこかへ行ってしまって、「いじめている」「嫌いなんじゃないか」という情緒的な話になってしまう。そういう日本の状況をぼくは非常に残念に思うし、危ぶんでいます。これでは冷静、客観的な判断ができない。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

政治家もマスコミも、国民主権というものの認識がなさすぎる。立憲君主制と主権在民は矛盾するみたいに思う人もいるけれど、そうではない。天皇は憲法上は一私人ではなく、主権者たる国民そのものと認めているわけだから、主権者が来て「これから国会を開く。その責任を果たせ」というときに、議員が国会にいないのはおかしい。
週間ポスト 2005年1月1・7日号 2004年12月

最近は、新聞でも夕刊紙やスポーツ紙のほうが真っすぐに伝えていると思う。大メディアは戦後体制にドップリ漬かっちゃってワンパターンの思考しかできなくなっている。結局、彼らも既得権があるから、自民党的官僚体質を壊したくないんだな。
SPA 8月30日号 2005年8月23日(火)

小沢一郎の政治理念
私たちは、「共生」を新しい国づくりの理念として、あらゆる面で筋の通った「公正な国・日本」をつくる。そのために、国民一人一人が自立し、国家としても自立することを目指す。
内政では、わが国社会の活力を高め、成熟した経済・社会を維持していくために、自由で透明な開かれた経済・社会の実現を推進する。政府は、市場に直接介入して統制することを最小限にとどめ、公正なルールの策定と運営に当たる。
同時に、自由な競争は、社会の安定を保障するセーフティネットの確立が大前提であると考え、その整備を進めて格差をなくすことを、民主党政治の最重要課題とする。そのためにまず、雇用、社会保障、食料等の面で「日本型セーフティネット」を構築する。それにより、すべての国民の命と暮らしを守り、様々な人たちがともに生き、大多数の国民が安全・安心の生活を送ることのできる社会をつくる。
外交では、先の戦争に対する反省を踏まえて、一つには人間と人間、国家と国家との「共生」、つまり日本及び世界の平和の確保、もう一つは人間と自然との「共生」、つまり地球環境の保全を、日本が率先して進めることを国是とする。
また、世界の国々と相互の信頼に基づく対等な関係を積み上げ、平和で自由で開かれた国際社会の実現を推進する。特に、米国とは対等な真の同盟関係を築き、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係を醸成する。
わが国は、自民党による長年の無原則・無責任な政治の結果、今や屋台骨が崩れかかり、日本の良さは失われ、国民の心の荒廃は限界を超えようとしている。しかも、国民の現状不満と将来不安を背景に、極端で偏向した「煽動政治」が台頭し、日本の危機を一段と深刻にしている。
私たちは、このような日本を土台からつくり直し、新しい仕組み、新しいルールを定めることで、日本の良さを保守し、日本が21世紀も平和と安定を続けていける基盤を確立する。その第一歩として、日本を真の民主主義国家にするために、ますます強まっている官僚支配の政治を打破し、主権者・国民の代表である政治家が自ら政策を決定して実行する議会制民主主義を定着させる。それにより、国内においても国際社会においても、安定感のある信頼される「常識の政治」を行い、「普通の国・日本」を実現する。



放射能汚染の主犯は福島原発2号機→モニタリングポストデーターによるその証拠

福島2号機、3号機、1号機の放射能放出状況を大野局モニタリングポストデーターから分析

福島2号機が圧倒的に放射能を多く放出した。
62・7シーベルトの超高濃度放射能の大気への放出
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110406-OYT1T00589.htm?from=top
2号機は、14日朝は放射線量も通常の毎時0・001シーベルトにとどまっていたが、燃料が露出した15日朝には62・7シーベルトに上昇した。


福島3号機と1号機は爆発が派手だったが、汚染にはほとんど関係ない。
しかし、多くの人は3号機と1号機の爆発にばかり、関心が向いてしまった。


福島2号機の隠されたドライベントの可能性について、徹底的な究明が無い限り、東北の大地の放射能汚染の実態は闇に消えてしまう。


福島原発2号機→3月14日19:02に圧が75気圧から7気圧にストンとおちた。
この直後から15日にかけて連続して高濃度の放射能の流出が始まった。

このときメルトダウンの熱で圧力容器の底が抜けたと推定される。
→意図的なドライベントの可能性
19: 54消防車で炉心に海水注入開始。
ただ格納容器の圧は上がり続け
14日深夜どこかが壊れて放射能大量放出に向かう
のである。
(若しくは意図的なドライベントの可能性?)




"ない" とあきらめられていたモニタリングポストデータが発見された。
原発の西5kmにある大野局モニタリングポストが異常なく稼動していた。





福島2号機
大量放出が起きたのは3月14日19時から
→3月14日19:02に圧が75気圧から7気圧にストンとおちた。


031611.jpg

06171.jpg


031612.jpg
06163.jpg

14日深夜どこかが壊れて放射能大量放出に向かう
(若しくは意図的なドライベントの可能性?)

06164.jpg
06165.jpg

2号機は燃料が露出した15日朝には62・7シーベルトに上昇し、その超高濃度の放射能が放出
061612.jpg

06167_20120616103450.jpg
06168_20120616103512.jpg
06169.jpg
061610.jpg



3月15日の群馬県高崎市の放射能量が異常に高い
06161_20120616101729.jpg



福島3号機
大爆発にも関わらず放射能放出が桁違いに少ない。!

福島3号機で3月14日午前11時1分、水素爆発

03151.jpg
03152.jpg
03153.jpg
03155.jpg
03154.jpg
03157.jpg
03156.jpg
03174.jpg


福島1号機
3月12日午後3時30分に爆発したが、放出放射能量は2号機に比べ圧倒的に少ない


061510.jpg
061511.jpg
061512.jpg
061513.jpg
061514.jpg
061515.jpg
061516.jpg
061517.jpg



http://www.asahi-net.or.jp/~pu4i-aok/cooldata2/politics/politics27.htm

2号機:

全交流電源喪失の時、2-3号機はアイソレーション・コンデンサーがないため、14:50原子炉隔離時冷却系RCICを手動起動。15:28水位高にて自 動停止。15: 39RCICを手動起動後SBOになるが、RCICは3月14日13:25まで稼動したと推定。RCICは所内電源と非常用ディーゼル発電機による電力の すべてが失われた事態を考慮して、炉心の崩壊熱による蒸気を使用したタービンによってポンプは駆動される。タービンは常に待機状態に置かれ、非常時には 30秒で定格回転速度に達する必要があり、暖機運転がなく湿度の高い蒸気にも対応するなど、厳しい条件での運転が求められるため、特殊なタービンが使用さ れる。圧力制御プールからの水を炉心シュラウド外側に注水するポンプを駆動する。

3月14日の3号機の爆発は2号機の減圧用AO弁の電源を破壊したため下げられず、(といっても安全弁としての機能は維 持されていたはず)消防ポンプでは海水を注入で きな い事態になり、
3月14日19:02に圧が75気圧から7気圧にストンとおちた。このときメルトダウンの熱で圧力容器の底が抜けたと推定される。19: 54消防車で炉心に海水注入開始。ただ格納容器の圧は上がり続け 、14日深夜どこかが壊れて放射能大量放出に向かうのである。
プロフィール

Author:harpman
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
カレンダー
05 | 2012/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。