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ナチス、FEMA、日本の防衛省、公安の背後にはイエズス会=CSIS

ジョージタウン大学(Georgetown University)は、アメリカ合衆国の名門私立大学。ワシントンD.C.の近郊、ジョージタウンに位置する。1789年1月23日ジョン・キャロル大司教によって創設された。ジョージタウン大学はアメリカ合衆国におけるカトリック教会及び、イエズス会創設の大学としては、最古の歴史を持つ。 

ビル・クリントンがジョー ジタウンを選んだのは、優秀な外交官養成講座があったからである。また、米国の 首都で教育を受けることにも大いに魅力を感じた。

ワシントンのジョージタウン大学内に、CSISがある。
(CSIS=センター・フォー・ストラテジック・アンド・インターナショナル・スタディーズ)
CSISは元々、エドマンド・ウォルシュ外交学院と言う名前で創立された。
エドマンド・ウォルシュは、地政学者カール・ハウスホーファーの弟子
地政学者カール・ハウスホーファーはナチス・ドイツ=アドルフ・ヒトラーの戦争戦略を作り上げた
CSISはナチス地政学を米国に「移植」するために創立された。
エドマンド・ウォルシュはイエズス会の神父でもあった。

CSISは、南アのスパイ組織=国家安全局BOSSと協力し、南アの金塊・ダイヤモンド・ウランと、中国製麻薬の利益=兵器と「バーター取引」を行う、諜報・スパイ組織。

CSISは、イスラエルに兵器を供給し、中東戦争によって「石油価格を高騰させる」、石油王ロックフェラーのための「石油価格コントロール」センター。

現在、CSISは、米陸軍・海軍直系の軍事戦略研究所でもあり、米軍の持つ膨大な数の生物化学兵器の管理センターともなっている。

CSISの顧問には、ヘンリー・キッシンジャー、その弟子でライス国務長官の師匠であるブレント・スコウクロフトが名前を連ねる。
ロックフェラー・ロスチャイルドの世界帝国建設のための軍事戦略を「描いた」ズビグニュー・ブレジンスキー(大統領バラク・オバマのブレーン)が、CSISの理事を務めている。

アメリカにおける国内独裁と国土管理のための備えとして重要な組織の一つが、連邦緊急事態管理庁(FEMA)である。
FEMA創設の中心人物はCSISの理事であるズビグニュー・ブレジンスキー。
アメリカに戒厳令が発令されFEMAが活動するときは、CSIS=イエズス会の指令で動く。


CSIS(戦略国際問題研究所)の日本部に、客員研究員として、日本の防衛省、公安調査庁、内閣官房内閣情報調査室の職員が加わっている。ジェトロや損保会社、NTTの職員も客員研究員として名を連ねている。

小泉の後継者・進次郎は、コロンビア卒業後、CSISに入っている。

ヒトラーの側近の1人にハインリッヒ・ヒムラーという男がいた。
ヒムラーはゲーリングやゲッベルス以上の信頼をヒトラーから得るようになる。
ヒトラーはヒムラーのことを「わたしのイグナチウス・デ・ロヨラ」と呼んでいたという。

ヒムラーはキリスト教内秘密結社、カトリック内過激派とされる「イエズス会」を研究し、範とした。
イエズス会の図書館には最良の蔵書が豊富にあり、ヒムラーはそれを何年も費やして熟読していた。
ヒムラーの側近の情報部長ワルター・シェレンベルクは、ニュルンベルク裁判で、
ヒムラーはイエズス会の創立者イグナチウス・デ・ロヨラの「霊操」すなわち心霊修行と緊密に結びつけられた「僧兵軍隊組織」を、もっぱら志向していたと証言

夢のなかでヒムラーは、しばしば王と会話を交わしたと信じこんだ。この幻想は次第にエスカレートしてゆく。彼はこの王をゲルマン民族の英雄として崇拝し「ハインリッヒ1世記念財団」を設立。1936年には王の1000年忌を挙行し、1937年になると王の遺骸発掘を実行するまでになる。





http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E5%A4%A7%E5%AD%A6

ジョージタウン大学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ジョージタウン大学 ポトマック川サイドより
ジョージタウン大学(Georgetown University)は、アメリカ合衆国の名門私立大学。ワシントンD.C.の近郊、ジョージタウンに位置する。1789年1月23日ジョン・キャロル大司教によって創設された。アメリカ合衆国におけるカトリック教会及び、イエズス会創設の大学としては、最古の歴史を持つ。ジョージタウン大学は、イエズス会大学協会en:Association of Jesuit Colleges and Universitiesの所属機関であり、ジョージタウン大学学長及び理事会と一体化している。ノーベル賞受賞者を5名を輩出している。




http://mdcjbu.blog88.fc2.com/blog-category-25.html

 1754年、キングズ・カレッジの名前で、英国による米国の植民地支配のための「ノウハウ・スクール、英国直結の米国監視・スパイ養成学校」として、英国国王ジョージ2世の特許状に基づき設立されたコロンビア大学は、アビール・ロウ一族の麻薬資金によって「大規模化」されてゆく。

米国が英国から「独立」するに従い、コロンビア大学は米国による「植民地支配国の管理ノウハウ・スクール」に転じる。

コロンビア大学が、米国の「植民地支配国に対する管理ノウハウの伝授スクール」である事は、第二次世界大戦中、日本語の堪能な人材が、この大学に集められ、当時、米国の敵国であった日本に対する「対日暗号解読部隊」が、この大学を舞台に結成された事でも分かる。この大学は、事実上、対日戦略情報部隊の中心地であった。
つまり「米国による日本の支配のための人材育成大学」が、この大学の正体である。
 小泉元首相が自分の後継者・進次郎を、コロンビア大学・大学院に「送り込んだ」所には、「米国による日本支配のための、アヤツリ人形」であった小泉の正体が「明確に出ている」。

小泉の後継者・進次郎は、コロンビア卒業後、CSISに入っている。

 ワシントンのジョージタウン大学内にある、CSIS=センター・フォー・ストラテジック・アンド・インターナショナル・スタディーズは、元々、エドマンド・ウォルシュ外交学院と言う名前で創立された。ウォルシュは、ナチス・ドイツ=アドルフ・ヒトラーの戦争戦略を作り上げたナチスの地政学者カール・ハウスホーファーの弟子であり、ナチス地政学を米国に「移植」するためにCSISを創立した。ウォルシュはイエズス会の神父でもあった。

 CSISは1964年、中国共産党諜報部の喬石長官との協力の下、中国国内の麻薬製造地帯のネットワークを「整備」し、世界各国に中国産麻薬の販売網を「形成」した。

この麻薬販売の利益で兵器を購入し、CSISは1972年から、南アフリカの黒人人種差別体制を維持するための軍備として提供し、またイスラエルが中東戦争を実行するための兵器として供給してきた。

CSISは、南アのスパイ組織=国家安全局BOSSと協力し、南アの金塊・ダイヤモンド・ウランと、中国製麻薬の利益=兵器と「バーター取引」を行う、諜報・スパイ組織であった。

またCSISは、イスラエルに兵器を供給し、中東戦争によって「石油価格を高騰させる」、石油王ロックフェラーのための「石油価格コントロール」センターであった高騰した石油の利益で中国産麻薬が購入され、麻薬の販売利益で兵器が買われ、その兵器がイスラエルに渡り、中東戦争を起こす。そして石油が高騰する。

これが、米国=中国=イスラエルによる、「現在にまで続く」戦争経済の仕組み、戦争マシーンのシステムである。

 現在、CSISは、米陸軍・海軍直系の軍事戦略研究所でもあり、米軍の持つ膨大な数の生物化学兵器の管理センターともなっている。

CSISの顧問には、ヘンリー・キッシンジャー、その弟子でライス国務長官の師匠であるブレント・スコウクロフトが名前を連ね、ロックフェラー・ロスチャイルドの世界帝国建設のための軍事戦略を「描いた」ズビグニュー・ブレジンスキー(大統領候補バラク・オバマのブレーン)が、CSISの理事を務めている。

 小泉の「後継者」は、このスパイ組織の「対日エージェント」として「派遣されて来る」。




http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha350.html#01


■■ヒトラー政権の誕生


●第一次世界大戦の終了後、ヒトラーは軍の命令で、
南ドイツの半秘密結社的団体「トゥーレ協会」の政治サークルに潜入する。

軍のスパイ役として派遣されたのだが、そこでたちまち頭角を現し、やがて党首に選ばれる。

彼は「国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)」、すなわち「ナチ党」を率いて、
入党14年後には合法的に政権を獲得してしまう(1933年1月30日)。

●翌1934年9月、「ドイツ騎士団」ゆかりの古都ニュルンベルクで「第6回ナチス党大会」が開催され、ツェッペリン広場に15万人のナチ党員が大集合した。

この党大会では「1つの民族、1人の総統、1つの帝国」というナチスのスローガンが生まれ、盛り上がった。

この党大会でヒトラーは、自信に満ちた表情で声を高らかにしてこう宣言した。

「私の夢。それは古代ゲルマン以来の失地回復であり、ヨーロッパ全土から東はウラルにまでおよぶ大帝国(千年王国)の建設である! 当面の目標は、大ドイツ。つまり全てのドイツ民族を含む大ドイツ帝国の建設である!」


「第三帝国」の総統ヒトラーに熱狂するドイツ国民

ナチスの独裁国家は、中世の神聖ローマ帝国、
1871年に成立したドイツ帝国に続いて
「第三帝国」と呼ばれた

●このヒトラーの側近の1人にハインリッヒ・ヒムラーという男がいた。

彼は、秘密結社の指導者になるという考えに大層魅かれており、それが触媒となってナチスの親衛隊(SS)が組織されていった。「トゥーレ協会」から「ナチ党」が誕生したように、今度はそこから「SS」が生まれたのである。

以下、ハインリッヒ・ヒムラーと「SS」について詳しく紹介していきたい。


■■ナチス党内の地位を一気に駆け上がった男

1900年10月7日、ハインリッヒ・ヒムラーはミュンヘンで生まれた。

彼は敬虔なカトリックの家庭に育ち、熱心なカトリック教徒として成長したが、高校生の頃からオカルトに興味を抱き始めていた。第一次世界大戦に志願兵として参加し、戦後、ミュンヘンの工科大学で農芸化学を学び、養鶏や肥料を扱う農業関係の仕事に就職した。

しかし、若きヒムラーの関心は極右活動にあり、レームによって組織された国家主義運動の1つ「帝国戦旗団」という極右団体に所属し、1923年にはヒトラーのミュンヘン一揆にも参加している。

ハインリッヒ・ヒムラー

その2年後、ヒムラーはナチ党に入党し、1927年、SS(ナチス親衛隊)全国指導者代理に就任。1929年、当時まだ280人ほどのメンバーしかいなかったナチス親衛隊長となり、以後規模の拡大に全力を尽くした。

1934年に秘密国家警察(ゲシュタポ)長官、1936年にドイツ警察長官に就任。1941年にはヘスに代わってヒトラーの秘書となり、徐々にゲーリングやゲッベルス以上の信頼をヒトラーから得るようになる。


●このように、党内の地位を一気に駆け上がったヒムラーは、いつしか自分自身が権力者となる未来を思い描くようになっていた。

「独自の精鋭部隊を組織し、いずれは第三帝国内部に独立した『SS帝国』を築くのだ」──。

この野望を実現するため、彼は着々と計画を立てていった。

SSの改組は即座に行なわれ、「一般親衛隊(Allgemeine-SS)」と「武装親衛隊(Waffen-SS)」が再構成された。
 
SS隊員は褐色シャツに黒ネクタイ、
黒上衣、黒ズボン、黒長靴……というように、
全身を黒で染め上げていた

ナチス幹部の中で、ユダヤ人根絶の考えを明確に公の場で口にしたのはヒムラー1人だったとも言われる。

彼はダッハウに最初の強制収容所を建設し、全体的な強制収容計画を練り上げた。SS部隊がこの運営のため設けられ、ドイツ軍のロシア侵攻に従ったヒムラーの特別行動隊「アインザッツグルッペン」は、ユダヤ人やジプシー(ロマ)、共産主義者を山奥の村々にまで踏み入って虐殺した。

■■■第3章:「黒いイエズス会」と呼ばれたSS


■■イエズス会を模した組織として成長したSS


●「精鋭部隊やSS帝国は、高位の騎士団によって指揮されねばならない」──。

中世の騎士物語に憧れ、中世の秘密結社──「ドイツ騎士団」(チュートン騎士団)幻想に憑かれていたヒムラーは、自身のSSを新たな「ドイツ騎士団」とすべく腐心した。


●ヒムラーは「騎士の誓約文」を自ら起案した。それは次のようなものであった。

「私の名誉は忠誠である。私は汝、ドイツ帝国の総統にして首相、アドルフ・ヒトラーに忠誠を誓う。

私は汝と、汝の指名する上官に対し、死の瞬間まで従属することを誓う。

神の加護のあらんことを!」

 
SSのシンボルマーク


●SSを新たな「ドイツ騎士団」とするために、ヒムラーはキリスト教内秘密結社、カトリック内過激派とされる「イエズス会」を研究し、範とした。

イエズス会の図書館には最良の蔵書が豊富にあり、ヒムラーはそれを何年も費やして熟読していた。

 
SS(ナチス親衛隊)
 

ヒムラーの側近の情報部長ワルター・シェレンベルクは、ニュルンベルク裁判で、ヒムラーはイエズス会の創立者イグナチウス・デ・ロヨラの「霊操」すなわち心霊修行と緊密に結びつけられた「僧兵軍隊組織」を、もっぱら志向していたと証言した。

また、ヒトラーはヒムラーのことを「わたしのイグナチウス・デ・ロヨラ」と呼んでいたという。

イエズス会を模した組織として成長したSSは、SA(突撃隊)隊長レームの副官カール・エルンストなどから「黒いイエズス会」と揶揄されていたが、ヒムラー自身はその呼称を愉しんでいるようだったという。


●なお、SS初期の覚書には、「SSは党内の秘密機関として組織され、鉄の掌中に動きを把握するもの」とある。

SSの秘密ぶりについて、あるジャーナリストは書いている。

SSはイエズス会の規則にならって、それは一般市民にとっては神秘的で、気味悪く理解できない存在に仕立てられた。イエズス会をSSは公式には嫌っていたが、実際には細部に至るまで徹底して真似ていたのである。

この黒い制服を着た秘密部隊は、ゆっくりとただその存在だけで人々に恐怖心を起こさせるよう仕向けられていった。SS保安部(SD)責任者のラインハルト・ハイドリヒは、誇らしげに言った。『犯罪警察であるゲシュタポとその秘密任務は、政治的探偵小説のような神秘的色彩に包まれている!』と。」

SSに付けられたドクロの記章

■■若い頃からオカルトに熱中していたヒムラー

●ヒムラーの若い頃からのオカルト好きな性格は、異常なまでに熱を帯びていたことで知られる。

「ドイツ騎士団」を憧憬していたヒムラーは、同時に魂の「輪廻転生」を信じて疑わなかった。

彼は自分を10世紀のドイツ王ハインリッヒ1世の生まれ変わりだと考えていたのである。

夢のなかでヒムラーは、しばしば王と会話を交わしたと信じこんだ。この幻想は次第にエスカレートしてゆく。彼はこの王をゲルマン民族の英雄として崇拝し「ハインリッヒ1世記念財団」を設立。1936年には王の1000年忌を挙行し、1937年になると王の遺骸発掘を実行するまでになる


●また、1936年にSSの幹部たちを前にして行なった演説で、ヒムラーは「我々は皆かつてどこかで既に出会ったことがあり、同様にして来世においても再会するであろう」と述べている。

すなわち、ヒムラーはSSをカルマを共にした一種の「転生共同体」と考えていたようである。

 SSの幹部たちとヒムラー(右)


●SSの大尉でアイヒマンの同僚であったディーター・ヴィスリセニィは、戦後、法廷における証言で、

ヒムラーが冷酷で冷笑的な政治家などではなく「狂信的な神秘家」であったと語り、ヒムラーが「占星術師たちの忠告を受け容れ、あらゆるオカルト学に傾斜していくうちに、SSは次第に新たな種類の『宗教結社』へと変貌した」と述べている。
 





FEMA創設の中心人物はズビグニュー・ブレジンスキー

◎ブレジンスキーらが麻薬の儲けで創設運営のFEMA(連邦緊急事態管理庁)  [TOP]
●アメリカにおける国内独裁と国土管理のための備えとして重要なイルミナティ組織の一つが、連邦緊急事態管理庁(FEMA)である。FEMAは災害や緊急事態に対応するということになっているが、そんなことは活動内容のほんの一部にすぎない。政府機関として公式に予算が下りてくる活動がそれだというだけのことだ。実際のFEMAには、麻薬取引で数十億ドルにものぼる利益を上げているイルミナティ諜報機関から秘密裏に金が出ている。(中略)
 FEMA創設の中心人物はズビグニュー・ブレジンスキーで、デーヴィッド・ロックフェラーの命令で三極委員会を操る男だ。ブレジンスキーは1970年の著書『テクノトロニック・エージ 21世紀の国際政治』ですでに、一握りのエリートが政治的金融的権力と監視テクノロジーを使って国民を管理し、大衆を支配するだろうと予言していた。そんなことを自信を持って言えたのは、ブレジンスキーが計画の中味を知っていたからだ。

FEMAとその付属機関は、大統領命令によって、「国家的事態」には生活のあらゆる面を管理する権限を与えられている。しかも、政府内にいるイルミナティのフロントマンは、いつでもそうした権力に訴えることができるのである。そうした状況になれば、FEMAは居住地や就業地を国民に強制することができる。人々は住む家を追われ、農地や企業も含めた財産を差し押さえられる。子どもたちから引き離されることもあるだろう。
 FEMAには、あらゆる通信、食料、エネルギー源、医療保障、財務、教育、福祉、交通機関、さらには個人所有の車まで奪う権限がある。郵政公社総裁は、老若男女のすべてに登録を命じることができる。
さらに強制収容所ないし「仮収容所」のネットワークを管理するのもFEMAだ。そうした収容所はすでにアメリカにあって、イルミナティのファシストによる国家乗っ取りが完成した暁には、反体制派や「トラブルメーカー」を収容しようと待ちかまえている。アメリカに強制収容所? そう、あるのだ。これについては後で詳しく述べようと思う。





http://www.asyura2.com/10/senkyo78/msg/527.html
米保守派シンクタンク、CSISに 日本政府の防衛省、公調、内調の職員が客員研究員
http://www.asyura2.com/10/senkyo78/msg/527.html
投稿者 ヤマボウシ 日時 2010 年 1 月 24 日 14:12:53: WlgZY.vL1Urv.

机の上の空 大沼安史の個人新聞
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/01/post-0b06.html


2010-01-24
〔NEWS〕 米保守派シンクタンク、CSISに 日本政府の防衛省、公調、内調の職員が客員研究員

 保守系のシンクタンクとして知られるワシントンのCSIS(戦略国際問題研究所)の日本部に、客員研究員として、日本の防衛省、公安調査庁、内閣官房内閣情報調査室の職員が加わっている。

 ジェトロや損保会社、NTTの職員も客員研究員として名を連ねている。

 ⇒ http://csis.org/programs/japan-chair/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%83%E3%83%95%E3%83%BB%E5%AE%A2%E5%93%A1%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%93%A1
 CSISは米国の軍事権力の政策研究拠点のひとつ。そこで日本の防衛・公安関係者が研究員として活動している。
 そこで一体、何が「研究」されているか、日本政府は明らかにすべきだ。





http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=5&board=1835031&tid=5a1f0c0o4oa5ja5ga57a53&sid=1835031&mid=5160


伯爵「いえ・・・・・・それよりハウスホーファー教授について調べてみました」

ナナセさん「カール・ハウスホーファー・・・・・・・・20世紀を代表する、ドイツの地政学者?」

伯爵「レーベンスラウム・・・・・・”永住する国家”を依代に国民は生きるべきとする、近代国家思想の祖を築いた方です」

ナナセさん「国家に永住・・・・・ですか?」

 首を傾げるナナセに、伯爵は自嘲気味に頷く。

伯爵「今でこそ国家に帰属するのは当然との考えが浸透していますが、「ナポレオンの出生」がそうであるように、欧州では”政府の都合だけで国民の国籍が変わる”のは珍しくなく、国民側も容易く自分らを切り捨てる国に義理立てする意識は希薄でした。それ故に、ローマ法王庁が欧州に住む人達の精神的支柱を果たしてきたのですが・・・・・・・・・・これを打ち崩そうと途方もない野心を抱いたのがアドルフ・ヒットラーなる男です」

ナナセさん「ヒットラー・・・?!」

伯爵「彼は当時、ドイツで確立されつつあった地政学を利用して国民を国家に隷属させ絶対的忠誠心を植えつけようと考えました。ハウスホーファーはこれに利用されたのです」

ナナセさん「・・・・よく判らないんですが。ハウスホーファーさんは社会主義やファシズムを唱えていたのではないんですか?」

伯爵「社会主義・・・・・・に近い思想は持っていたでしょう」

 そう断わった上で、伯爵は話を続ける。

伯爵「よく、ヒットラーの思想がムッソリーニのファシズムと一線を画して語られるのは、「その野望実現の過程において、ローマ法王庁の存在が邪魔だった」からに他なりません・・・・・・・ヒットラーの発言にオカルトめいたものが多いのも、法王庁への敵対心の裏返しです。しかし、ハウスホーファー自身は敬虔なカトリックだった・・・・第二次大戦後、彼はヒットラーと自分は直接関係がないのを訴えましたが世間の目は冷たく、晩年まで晴れる事はなかったそうです・・・・」

ナナセさん「彼も、戦争の被害者だったんですね・・・?」

伯爵「・・・・・・教授は既に他界しています。ですが、彼の遺した無念は機械に宿り、弟子達共々今も活動を続けている・・・・・・・・・・・・・・・そんな処でしょうか」





http://area2.sakura.ne.jp/World/USA/Clinton.html

ビル・クリントンは、大学進学にはお金がかかるが、自分の目標を達成するには 大学教育が必要なことを知っていた。学業における努力と音楽の才能のおかげで、 多くの奨学金を受けることができた彼は、それらの奨学金と政府の学資ローンの助 けを借りて、ワシントンDCのジョージタウン大学に入学することができた。ビル・クリントンがジョー ジタウンを選んだのは、優秀な外交官養成講座があったからである。また、米国の 首都で教育を受けることにも大いに魅力を感じた。

 大学で国際問題を専攻した彼は、在学中にアーカンソー州選出のウィリアム・フ ルブライト上院議員の事務所でインターンとして働き、政府がどのように機能する のか、また政治家とはどういうものかを学んだ。ビル・クリントンは、フルブライ ト上院議員の業績と信念を尊敬した。

 1968年、大学を卒業したビル・クリントンは、イギリスのオックスフォード大学 で学ぶことのできるローズ奨学金を得た。オックスフォードに留学した彼は、政治 学を学び、ラグビーを楽しんだ。米国に戻ってからは、エール大学の法律大学院に 入り、そこでも努力を続けた。政治への関心を持ち続け、コネティカット州の上院 議員選挙運動に参加した。また、エールでは、将来妻となるヒラリー・ローダムと の出会いもあった。

 1973年、ビル・クリントンは法律大学院を卒業し、アーカンソー州に戻って同州 ファイエットビルのアーカンソー大学で法律を教えた。そこでは、いずれ政治家に 立候補するという目標に集中することができた。1974年、その最初のチャンスが訪 れ、ビル・クリントンは共和党の現職下院議員、ジョン・ポール・ハマーシュミッ トに対抗して出馬した。結果として選挙には敗れたが、その過程で政治について多 くを学び、また生涯の友となる人々と出会うことができた。ヒラリーも、選挙運動 を応援するためアーカンソー州に移り、同じくアーカンソー大学で教鞭をとった。 二人は1975年10月11日に結婚した。

 1976年に、ビル・クリントンはアーカンソー州司法長官に選出された。そしてそ の2年後に、32歳の若さで合衆国最年少の州知事となった。ビル・クリントンは州の 教育制度の改善と道路整備に力を注いだ。1980年2月27日には、クリントン夫妻に長 女チェルシー・ビクトリアが生まれた。夫妻は、この日を生涯で最も幸せな日と 語っている。
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世界の支配構造の本当の秘密③

イタリアイルミナティー(モンテカルロP2)の最高位クラスに位置するレオ=ザガミというイタリア人、彼はバチカンの宗門であるイエズス会のもとにイルミナティーを含むカルト集団がNew World Order樹立のため蝟集し、イエズス会がすべてコントロールする権力構造にあるとまで詳述。

バチカンがトップ、そのすぐ下にイエズス会があったのだが、それがイエズス会の世界化の結果,力関係が逆転し、イエズス会がバチカンに命令を出す下克上が起きた。

ローマトリック総本山(イエズス会がその実動部隊。インサイダーであったマラキ=マーチンによれば、現時点ではイエズス会総長がローマ法王に命令する上位の立場にあるという。)

イエズス会とバチカンヒエラルキーは黒魔術師の親方=マスターであり、新しい世界秩序New World Order樹立にかかわる、多くのカルトグループをコントロールしている。

バチカン・イエズス会は1980年にOperation Dreyfus(ドレイファス作戦)という操作を開始したが、それはユダヤ人をスケープゴートにする作戦だった、つまり,悪事は何でもユダヤ人がやっているという印象に世論を誘導させる戦略を立て展開していた。

バチカンが米国政府をコントロールしているからである。ブッシュファミリーは、ローマ法王の一つの道具に過ぎない。

世界最大の麻薬・兵器密売組織、マネーロンダリング組織、売春組織がバチカンである。その実働部隊がイエズス会。

宗教組織は「信教の自由」の名の下に、どこの国でも国家から一定の自由を持つ。各国の「当局の監視の眼が届かない」宗教組織バチカンの世界的ネットワークは、売春・兵器密売の利益=裏金の世界的流通ネットワークとして機能している。

バチカンの資産運用の依頼先には、当然ロックフェラーも含まれている。またバチカンの実働部隊であるイタリア・マフィアは長年CIAの実働部隊として動いて来た。CIAのボスがブッシュ大統領一族であり、そのボスがロックフェラーである。

フィリピン政界は、歴史的に、ローマカトリック、特に、イエズス会が支配しています。アロヨ大統領はフィリピン国内のイエズス会所有大学であるAteneo de Manila(解放の神学のクラスを持つ)、と、同じく、米国の最大のイエズス会大学で、クリントン大統領の母校であるジョージタウン大学の大学院出身。 

フィリピンのアロヨ大統領の、宗教アドバイザーが元、フィリピンイエズス会総代のFr. Romeo Intengan。フィリピンの政界,経済界のリーダーたちは、例外なく、イエズス会系の教育組織出身。




http://www.asyura2.com/0601/dispute24/msg/697.html

実はそんなことより静かだが大変なことが起きている。
数ヶ月前、イタリアイルミナティー(モンテカルロP2)の最高位クラスに位置するレオ=ザガミというイタリア人(土地の名士で誰もが知る実名)が、組織内部の異常な悪魔崇拝に辟易して組織を離脱した。モンテカルロP2のトップが引退,その地位を襲うことになっていた人物である。彼はインターネットで英語により内部告発を開始、10月18日,30日,11月6日など、アメリカの某独立系調査ジャーナリストのインタネットラジオ番組のインタビューでそれぞれに日にライブで詳細を話した(総計5時間前後のインタビュー)。これは尋常でない衝撃的な内容になっている。イルミナティー内部のこれほど,高位の人間がインターネットを使って内部暴露したというのは、空前絶後だろう(発表の仕方が時代を感じさせる。インターネットのなかった時代と比べて陰謀や秘密保持が困難になりつつあることを思わせる)。組織を逃げたが,組織に追われ逮捕され、リンチを受けたともいう。今この時点では安全のためノルウエーで身を隠しているという。彼はバチカンの宗門であるイエズス会のもとにイルミナティーを含むカルト集団がNew World Order樹立のため蝟集し、イエズス会がすべてコントロールする権力構造にあるとまで詳述しているから驚きだ。バチカン宮殿の地下カタコンベで悪魔崇拝の儀式がなされていると告発する。そして彼はアメリカ市民向けに,バチカンは米国政府をコントロールしており,ブッシュ家はローマ法王の道具であることを知ってほしいと文字通り声を枯らしてラジオでこう警告を発している。

"The Jesuits and the Vatican hierarchy are the master black magicians, controlling the many cult groups involved in the New World Order," said Zagami. "American people need to wake-up as the Vatican controls the U.S. government. The Bush family is a tool of the papacy. They are actually crooks and consider themselves pirates and that is the reason for the name Skull and Bones. These are sick criminals that need to be exposed and I am not afraid to do that since I was one of them at the top level in Monte Carlo.

イエズス会とバチカンヒエラルキーは黒魔術師の親方=マスターであり、新しい世界秩序New World Order樹立にかかわる、多くのカルトグループをコントロールしている。」

「アメリカの人々は、目をさます必要がある。バチカンが米国政府をコントロールしているからである。ブッシュファミリーは、ローマ法王の一つの道具に過ぎない。彼等は実際、crooks=犯罪者・詐欺師・盗賊であり、彼等自身自らを海賊と考えており、その証拠に、スカル&ボーンズの連中は、骸骨と骨という、海賊船に付けてあるシンボル旗と同じシンボルを使っている。こうした連中は病的な犯罪者であり、天下にさらされる必要がある。わたしは、それをするには十分な位置にある、なぜなら、私はモンテカルロP2のトップレベルの一つにいたからである(これはイルミナティー組織であり、その命令系統の上にバチカンーイエズス会があると別のところで述べている)。」

彼がショックだったことの一つが、バチカンの地下コンクラーベに連れて行かれたとき、そこで悪魔崇拝の儀式を強要されたことだっという。

また彼によると,バチカン・イエズス会は1980年にOperation Dreyfus(ドレイファス作戦)という操作を開始したが、それはユダヤ人をスケープゴートにする作戦だった、つまり,悪事は何でもユダヤ人がやっているという印象に世論を誘導させる戦略を立て展開していた,とも内部暴露した。この内部告発は聞き捨てに出来ないきわめて深刻な重要性を持っている。上記で紹介した、テオコンがネオコンを操作し,こちらに目を向けさせ、非難を集中させていた、という現象とどうやら重なってくる模様だ。また、ザガミ氏はアレックスジョーンズらのいわゆる「911真実追求運動」は完全に誘導であると断言している。(ちなみに歌手マドンナはイルミナティーに使われているという。チャベスは,熱心なローマカトリックとして生育された背景があることは周知だが、彼もこちらのサイドだと言う)


米国政治が,どうやらカトリック大本営の組織的動き、つまり、大本営が,米国でカトリックとプロテスタントの歴史的大合同をなし遂げ,その合同組織体で共和党および民主党の一部をコントロールしている構図が見えてくる。

わたしはアレックス=ジョーンズやrense.comのサイトを毎日何年も細かく見ているのだが不思議に、バチカン問題やバチカンスキャンダルやバチカンの動きなど,情報が非常に弱いことに不思議なものを感じてきた(特に、アレックスジョーンズ)。彼はバチカン,キリスト教右派についてほとんど批判も発言もしない(極端に少ない)、また、こうした動きを批判するコメンテーター、ゲストなどを彼の毎日のラジオ番組で呼んだという記憶がほとんどない。バチカンやイエズス会の研究者や彼等の国際政治レベルでの動きを批判するゲストが登場した記憶がないのだ。この方面の専門家は多数いるのだが。上記,ザガミ氏はアメリカのインタネットラジオの番組で一回1時間半のインタビューを5,6度受けており、膨大量の内部暴露情報を提供している。この人物や彼のもたらす情報を一切合切カバーしないこと際立っていいるのがアレックスジョーンズだ(レンズはこれを多少なりともカバーしているが、申し訳程度である)。情報価値から見て値千金なこのような情報をを載せず、これと比べればゴミ以下のどうでもいい情報を掲載しているジョーンズの動きに不自然なものを感じないわけにはいかない。

以下のバチカン研究最高峰の多作学者(イエズス会出身でローマ法王の元側近,後に転じて大学教授)による730ページからなる歴史的大著(オリジナルのハードカバー版は1990年刊行で私自身はペーパーバック版でなくそれを所有している)によれば、バチカンが国際政治の現場でいかに積極的な工作に打って出ているか。ソ連解体に向けての裏にバチカンの操作があったことが事実を持って詳述されている(ちなみにこの本はソ連解体の直前に発刊された)。この書で、バチカンは自らを中心権力とした新世界秩序(NWO)の樹立を目指していると内部告発されている(邦訳なし)。主流メディアの書評欄で絶賛された作品。

http://www.amazon.com/Keys-This-Blood-Versus-Control/dp/0671747231/sr=8-1/qid=1163589199/ref=pd_bbs_sr_1/002-6431379-5593620?I

元イエズス会の神父でかつローマ法王の側近だった人物,マラキ=マーティン氏が今度は自由の身の学者として、バチカンの政治操作を内部告発しているが、これは非常に、重大な情報価値がある。

この著者には、同様にイエズス会の内情を告発した『イエズス会』というタイトルの大著もある(526ページ。これを私は持っている。1987年刊行で邦訳なし)。http://www.amazon.com/Jesuits-Malachi-Martin/dp/067165716X/ref=pd_bxgy_b_text_b/002-6431379-5593620

この書には、本来ローマカトリックのヒエラルキーでは、バチカンがトップ、そのすぐ下にイエズス会があったのだが、それがイエズス会の世界化の結果,力関係が逆転し、イエズス会がバチカンに命令を出す下克上が起きたことを詳しく説明している。この本は、陰謀論の雑記本ではない。ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストに入ったもので、ウォールストリート紙が絶賛した経緯がある、きわめて学術的正確の強いものである。これはイエズス会出身の神父でかつ、同時に、ローマ法王の側近だったというバチカンヒエラルキー最深部のインサイダーであった身分が書かせているものだけに、経験と実証に基づくだけに説得力が非常にある。この2著とも一流出版社から出ている。


8.現代の国際政治,アメリカ政治を論じる上で、ローマトリック総本山(イエズス会がその実動部隊。インサイダーであったマラキ=マーチンによれば、現時点ではイエズス会総長がローマ法王に命令する上位の立場にあるという。)の国際政治平面の動きや作用を視野に入れない議論や分析は笑止でありナンセンスといわざるを得ない。それでは陳腐で凡百、100年一日の「ユダヤ陰謀論」に堕するだけで、太田竜の週刊日本新聞や2チャンネルレベルにおあつらえ向きだ。キリスト教についての歴史、特に、500年に渡る宗教改革(特にカルバン主義=宗教は個人レベルのものとし、政教分離,表現の自由を訴えた)と反宗教改革(バチカンーイエズス会)の血みどろの歴史的相克とコースについての学術的知識を基礎として持たなければ、欧米現代政治を語ることはできない。この双方の激しい闘いの結果が、国家主権の概念が生まれ、近代の始まりとされる、歴史に名高いあのウエストファリア条約を生んでおり、またアメリカ合衆国誕生のダイナミクス(アメリカ憲法・近代憲法の根本原理のひとつである政教分離原則はカルバン主義を基礎としている)を生んでいる。”







オルタナティブ通信より
http://alternativereport1.seesaa.net/article/106103397.html

宗教組織は「信教の自由」の名の下に、どこの国でも国家から一定の自由を持つ。各国の「当局の監視の眼が届かない」宗教組織バチカンの世界的ネットワークは、売春・兵器密売の利益=裏金の世界的流通ネットワークとして機能している。

世界最大の麻薬・兵器密売組織、マネーロンダリング組織、売春組織がバチカンである。その実働部隊がイエズス会である。

 この地下ビジネス維持のため、バチカンは、世界中に諜報・スパイ組織のネットワークを形成している。

宗教は人間の内面に入り込み、私的な家庭生活に「入り込む事が出来る」。諜報・スパイには最である。

バチカンは、世界宗教会議を作り、バラモン教、イスラム教、仏教、キリスト教諸派を結集し、この人間の内面と家庭生活に入り込める組織の情報網を駆使し、諜報組織を整備し終えている。

その中で重要な地位を占めているのが自民党政権与党内部の宗教組織である。

チカンの資産運用の依頼先には、当然ロックフェラーも含まれている。またバチカンの実働部隊であるイタリア・マフィアは長年CIAの実働部隊として動いて来た。CIAのボスがブッシュ大統領一族であり、そのボスがロックフェラーである。バチカンからの情報で日本に「天皇の資産の配当金が入った」事を知ったロックフェラー。その資金融資の要請に、「福田はシブシブ」であった。

バチカン=自民党与党内部の宗教組織の不興を買った福田に、自民党の連立相手が激しく抵抗を始めた。福田内閣は立ち往生した。


 かつて関西新空港建設の際、空港に向かう交通網整備の建設予定地の情報が、外部に「事前に漏れていた」

この情報を事前に入手し、交通網建設予定地の土地を安値で買い占め、建設工事が始まると、買い占めた土地を国に高額で売り、莫大な利益を手に入れた「利権業者」が居た。

この土地買占めを行なった企業が、阪和ギャランティ・ファイナンスGFと言う、実態は関西の暴力団系列の企業であり、福田前首相の一族が経営していた。

この福田の親族会社=ヤクザに、建設予定地の情報を「漏らした」のが、福田前首相本人である。

 米国のCIAには、日本の政治家のスキャンダル情報を専門に収集している部署があり、その部署は、福田の、この資金繰りの情報を詳細に持っている。

福田が気に入らなくなれば、「この情報を公表する」と脅迫し、米国は「いつでも福田を辞任させる事も、警察に逮捕させる事も出来る」。

福田の「首が飛ぶのは」、時間の問題であった。

 阪和の2文字が米国スジから福田の耳に入った時、辞任が公になった。










http://icke.seesaa.net/article/18794877.html

2006年06月03日 Tweet It!
イエズスとフィリピン
歴史家や研究者がバチカン、イエズス会、そして新世界秩序がフィリピンを破壊していると言明。

LimetaはフィリピンでのいわゆるGod-loving Society of Jesus(イエスの神を愛する協会)の極悪非道な活動を深く関している人だが、アメリカ人に対して次のような警告を発している。それは、イエズス会がフィリピンを破壊するために汚い手を使うなら、それは、イエズス会がアメリカでやっていることと全く同じことだというものだ。

Limetaは次のようにも言っている。「私は記事に何度も書いているが、イエズス会の悪魔のような行いは、世界で比肩するものがない。アメリカ人は、聖職者という仮面の奥に隠れた、ずる賢く嘘つきのイエズス会に、ペテンにかけられ、欺かれ、裏切られているのだ。イエズス会の第三者機関は企業でも公共団体でも犯罪に加担している。」

(これはマルコス時代から現在のことを言っています)







http://slicer93.real-sound.net/0-ip-space-7525.html

民衆への弾圧が加速するフィリピン、それは明日の日本と世界の運命を暗示する

http://www.asyura2.com/0601/cult3/msg/403.html

投稿者 夢の中でランデブー 日時 2006 年 9 月 26 日 11:15:29: g.74HMK5rhQXg

Kotetsuさんの以下の情報に関連して。

http://www.asyura2.com/0601/war84/msg/899.html

現在、フィリピンは政府により、非常事態宣言が発令され、ファシズム状況にあるとのこと。米国系フィリピン人の(主にフィリピン人学生)による抗議運動体が、この9月21日に米国内で立ち上がったとのこと。そのサイトが以下。

http://www.stopthekillings.org/

2001年に、フィリピンの現政権(アロヨ大統領)が誕生して以来、特に非常事態宣言が発令されて以来、政権側つまり、政府と警察と軍により、755人が暗殺され、184人が誘拐され行方不明となっている
とのこと。米政府の反テロ戦争の題目の下,米政府から2001年に、フィリピン軍に対し、200万ドル(米ドル)が、貸与され、それが毎年増加し、2年後の2003年段階でその200%増し、つまり、$49,000,000となっているとのこと、また、$380,800,000(日本円で400億円を超える金額)相当の軍備が、フィリピン軍に供与されているとのこと。そして、フィリピン軍と米軍との合同軍事演習が日常化しているとのこと。

このような動き、ファシズムの動きに反対する言論を展開している指導的人々(学生の民主化リーダー含む)が、当局に暗殺され、誘拐されているというその数字が上記したもの。

米国政権とアロヨ政権の一体化により、フィリピンの人々は、事実上のファシズム下にある模様です。

なお、ここには書いてありませんが、フィリピン政界は、歴史的に、ローマカトリック、特に、イエズス会が支配しています(フランシスコ=ザビエルが上陸し、ローマ法王のために奪取し、今年で485年目になる)。アロヨ大統領はフィリピン国内のイエズス会所有大学であるAteneo de Manila(解放の神学のクラスを持つ)、と、同じく、米国の最大のイエズス会大学で、クリントン大統領の母校であるジョージタウン大学の大学院出身  Georgetown University (Fr. Edmund A. Walsh School Of Foreign Service).です。また、国家安全保障諮問(Norberto Gonzales)はイエズス会の司教補(coadjutor)の位置にあます。立場から見て、この人物が、米軍との密議の窓口でしょう。アロヨ大統領の、宗教アドバイザーが元、フィリピンイエズス会総代のFr. Romeo Intengan。フィリピンの政界,経済界のリーダーたちは、例外なく、イエズス会系の教育組織出身です(Ateneo de Manila大学はそのセンター)。

またフィリピンは、オパス=デイも強い力を持ちます。 フィリピン指導層による一般市民への弾圧は、加速していますが、これは、世界的傾向であり、日本も安倍政権も、同じ力学を動かしてくることは間違いありません。

阿修羅には、投稿者に対し、ゲシュタポか警察犬よろしく、監視・捜索活動にいそしむ人々、また人類の歴史上、地球最大で最強のカルトであるキリスト教指導層の昨今の国際的大事件への関与・操作に注目をさせないため猛烈な一大キャンペーン、煙幕を張っているような怪しさ満点の英語の使い手などもいますねえ(笑)。先日のローマ法王の「失言」など、アジテーションのため高度に計算・デザインされたものです(なにせシロウトではなく、前教理省長官で、外部発表するすべての文章に最終チェックを入れる立場にある、いわば筋金入りのマスコミ操作の専門家ですから)。上記の動きと直接間接、通低している感じがします。世界はもう、どこもこんな感じですかねえ。







http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%A8

グロリア・アロヨ大統領
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
グロリア・マカレイグ・マカパガル=アロヨ
Gloria Macapagal-Arroyo

フィリピン第三共和国
第14代大統領
任期: 2001年1月20日 –
出生: 1947年4月5日

配偶: ホセ・ミゲル・アロヨ
グロリア・アロヨ(Gloria Macapagal-Arroyo、グロリア・マカレイグ・マカパガル=アロヨ、1947年4月5日 - )は、フィリピン共和国第14代大統領(在任2001年1月20日 - )。学歴はフィリピン大学経済学部博士課程修了。学位は経済学博士(フィリピン大学)。

アロヨとアメリカ海兵隊員
フィリピンの第9代大統領ジョスダド・マカパガル(Diosdado Macapagal)の娘として生まれた。地元の高校卒業後、2年間アメリカのジョージタウン大学に留学、ビル・クリントン元米大統領とクラスメートだった。その後、帰国しフィリピン大学から経済学博士号取得、大学教員からアキノ大統領に抜擢されて貿易工業省局長に就任した。さらに同省次官を経て、1992年5月史上最高得票で上院議員に当選した。この間1968年にホセ・ミゲル・アロヨ(Jose Miguel Arroyo)と結婚し、3人の子を儲けている。
大統領として [編集]
1998年デヴェネシア(De Venecia)大統領候補の副大統領として立候補したが、フィリピンの大統領選挙は正副大統領の選挙が別に行われるため、デヴェネシア候補は落選、アロヨは副大統領として当選した。同年6月エストラダ大統領(Estrada)の副大統領に就任し、2001年1月20日エストラダ大統領に対する弾劾が成立すると大統領に昇格した。これに対してエストラダ派からアロヨ大統領の正当性を疑問視する声が高まり、最高裁判所の判決が下りているにもかかわらず、デモ・暴動や反乱が起こった。アロヨ大統領は当初1期で退任の意向であったが、思い直して2004年の大統領選挙に再度立候補し、次点候補に100万票以上の差を付けて当選した。しかし、公金を選挙資金に流用した疑惑が浮上して対立候補と揉めたが、2004年6月24日、議会によって当選を認められ、同30日セブ島で大統領就任式を挙げた。
またアロヨはイラク戦争に際し、フランス・ドイツ・ロシア・中国が反対した中、数少ない支持者となった。そのため、反米団体で構成されるICTI(イラク国際戦犯民衆法廷)は、ジョージ・W・ブッシュ・トニー・ブレア・小泉純一郎に加えてアロヨも起訴していた。

世界の支配構造の本当の秘密②

イエズスの上層部は、「ユダヤ人が指導している陰謀である」と描かれることにきわめて満足している。真の黒幕が誰なのかを分からなくしているからだ。

「(ヒトラー)イエズス会からは多くのことを学びました。現在までに、カトリック教会の聖職位階制組織ほど壮大な組織は地球上には存在していない。私は、この組織から多くのものを、私自身の『ナチ』党に注入した。」

航海者たちはローマ法王に「異教徒は人間なのか」と問い合わせ続けた。法王の答えは一定していた。
「殺すなかれという戒律はキリスト教徒だけに適用する」

キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいばかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし。

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが天正少年使節団としてローマ法王のもとにいった。
「行く先々で日本女性がどこまでいってもたくさん目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。
鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている。」

キリシタン大名は、火薬一樽で50人を奴隷として差し出した。

織田信長が延暦寺の焼き討ちなど、仏寺破壊を行なって、フロイスは祝意を表明している。バテレンは宗麟にも仏像・寺社破壊を奨励した。宗麟は1561年に宇佐八幡宮を焼いたのをはじめ、領内の仏像・寺社破壊をなした。1581年10月8日に、豊前彦山の三千坊といわれる坊舎を焼いた。宗麟はヴァリニャーノに「このたびの勝利が、デウスの御業と司祭たちへの祈りの賜である」と伝えた。その報酬として、イエズス会は宗麟の武器援助の要請に応じた。

鹿島。
「ポルトガルとオランダが諸大名に火薬を売りつけたために日本は戦国時代になった。信長のキリシタン擁護が腰砕けになったため、宣教師は明智光秀に新式火薬を渡して、信長殺しに成功するが、そのうち秀吉の鎖国政策を嫌った宣教師たちは朝鮮征伐には火薬を供給せず、そのために秀吉の外征は失敗に終わる。しかし、このとき国内にいて火薬を温存させた徳川がのちに政権をとることができた。家康は火薬の流入が日本に戦乱を引き起こしたことを十分承知しており、鎖国の狙いはキリシタン禁制そのものでなく、火薬流入の禁止であった。」

日本に15年滞在したペドロ・デ・ラ・クルスが1599年2月25日付けでイエズス会総会長へ出した手紙。
日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。そこでもしも国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国を襲うことが出来よう。この地は島国なので、主としてその内の一島、即ち九州又は四国を包囲することは容易であろう。軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と協定を結び、その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。このためには、天草島、即ち志岐が非常に適している。なぜならその島は小さく、軽快な船でそこを取り囲んで守るのが容易であり、また艦隊の航海にとって格好な位置にある。

1941年、日本人が報復を受けるべき時が来た。ローマのイエズス会は総長の監督下で、東京のロヨラの息子たち(イエズス会の兵士たち)は、米国と日本の間の戦争を作り出す。フリーメーソン、シュライナー位階によるルーズベルト大統領が完全に承知している状況の中で、真珠湾は東条の日本艦隊によって爆撃される。そして、それは全米国民に惨劇の嵐を巻き起こす。(米国)議会は、この謀略にうまうまと嵌められて、対日宣戦布告を議決する。




http://icke.seesaa.net/article/31740465.html
イエズス会とナチス
アイクのニュースレターより

LEAD TO ROME ....? (ローマへの道)

20世紀の2つの世界大戦などのような世界を変えてしまうような出来事に対して、イエズス会は根本的な関与を持っていたが、それについて、これまで話題にのぼることはまれであった。通常、取り上げられ非難されるのは、ロスチャイルドと結びつきで存在し、シオニズムの名のもと運営されている、あるユダヤの陰謀団である。この陰謀団はイルミナティの重要な一部分であるが、それは、中心にいる蜘(クモ)そのものではない。それは(たぶんクモ:不明)、イエズス聖職位階制とバビロン教会の下部組織であり、現在ではローマ教会として知られているものだ。



http://sfu9xi.sa.yona.la/531
2006-09-27

米国のプロテスタント派キリスト教徒エリック・ジョン・フエルプスの著書『バチカンの暗殺者たち』より引用します。


イエズス会の目的を想起せよ。彼らは極東、とりわけ日本の占領を企図した。まず最初に宣教師が来た。それから外国の軍隊がやってきた。

日本占領の意図をもってフランシスコ・ザビエルが1549年、日本に到着するとイエズス会士たちは“大名”と呼ばれる日本の貴族多数をキリスト教に改宗させた。イエズス会士たちはそれから大名たちを扇動して何百という仏教寺院を破壊せしめ、さらに仏教の僧侶たちを虐殺させた。

しかし、神の子(イエス・キリストのこと)は、ひとりのプロテスタント派キリスト教徒の船長を皇帝の将軍の宮廷に送った。ウイリアム・アダムスが、イエズス会士たちによって殺害されようとするその寸前に、将軍家康はアダムスを助け出した。家康は十分な時間をかけてこの船員アダムスと会談し、アダムスの話を聞いた。そこで家康はイエズス会の歴史が血にまみれていることを知った。西インド諸島原住民皆殺し、そしてスペインにおける異端審問についても。その結果、この英国人は、異例の恩寵を与えられ、武士に取り立てられた。

将軍家康は、そこで、イエズス会および彼らが構築したトレント公会議によって指導されるローマ・カトリック教会首脳部と法王の政治的行動計画に対して反撃することにした。すなわち、

「家康は、その治世の最初から、彼の帝国を組織し、統合するとともに、彼の権力を外国の陰謀家たちに適切に対抗できるように建設した。1606年、彼はキリスト教布教活動禁止令およびキリスト教徒棄教令を公布した。家康の言うキリスト教徒はこの場合、ヴォルテールの“その土地土着原住民の政府を打倒してそこに宗派的支配権を打ち立てることを合図とするローマの悪名高き陰謀システム”を意味する」

徳川将軍がこの事情を理解したので、家康、秀忠、家光はイエズス会士とその手先たち、スペイン人、ポルトガル人を追放した、プロテスタント派のオランダ人に1854年まで日本との貿易の独占権を与えた。1614年、家康は、彼の嫡子秀忠の名において、“キリスト教”を非合法化し、イエズス会を追放する法律を公布した。1622年、多数のイエズス会士が、国家反逆罪によって死に処せられた。

1624年、スペイン人、ローマ・カトリック教は、家光の命令によって禁止された。それはなぜか。

「切支丹(イエズス会)は、致命的に危険な教義を海外に広め、真実の宗教(仏教)を根絶し、(日本の)政府を打倒し、彼ら自身を全帝国(日本のこと)の主人たらしめるために策動して来た」

そして彼ら(イエズス会)の目標は何か?

イエズス会の目的は、中国の征服以下のものではあり得ない。そしてイエズス会の神父たちは、日本の支配者の車に乗って北京に入城する希望をずっと以前から抱いていた。


イエズスの上層部は、「ユダヤ人が指導している陰謀である」と描かれることにきわめて満足している。真の黒幕が誰なのかを分からなくしているからだ。ババリアのイルミナティの創設者アダム・ワイスハウプトだけでなく、イエズス会もその組織を教育し、支配していたし、スターリンも、多くのナチの主要メンバーもそうであった。ナチのダンチヒ政府を率いていたヘルマン・ラウシュニングが、ヒトラーが次のように語ったと、1939年に打ち明けている。

「(ヒトラー)イエズス会からは多くのことを学びました。現在までに、カトリック教会の聖職位階制組織ほど壮大な組織は地球上には存在していない。私は、この組織から多くのものを、私自身の『ナチ』党に注入した
。私の『Burgs of the Order』では、将来世界を震撼させる若者を一人育て上げるつもりだ……」

ドイツ防諜組織の長官であったワルター・シェレンベルクも、次のように、ヒトラーが語ったと言っている・

ヒムラーはイエズス会の理念にしたがってS.S組織を作り上げた。Ignatius of Loyola(ロヨラ)が定めた規約と精神修養をヒムラーは正確にコピーしようとしていた。ヒムラーの肩書きであるS.Sのsupreme chief(最高指導者:別の用語があるように思う)は、Jesuit General(イエズス・ゼネラル)と同等のものであった。そして、組織の全体構造と命令系統は、カトリック教会の位階制のイミテーションに近いものであった。

ヒトラーもヒムラーもイエズスで訓練されたゲッペルスも、また、ほかの主要なナチス党員も、みな、カトリックであった。このことが、ナチスドイツとバチカンの間で連携共同関係が深かったことの理由であり、第二次大戦後何十年もの間にわたって、何度となく暴露されていることである。




2006-09-28

引き続き『バチカンの暗殺者たち』(エリック・ジョン・フエルプス著)より引用します。
(徳川将軍の切支丹禁止令の結果として)イエズス会は、日本からその後250年間追放された。そしてその措置が日本民族に対して、技芸と、反映と、平和とをもたらした。

将軍は彼の家紋も、日本の国家民族も、そのことのために手ひどい仕返しをされるであろうとは、ほとんど予知することが出来なかった!

常時謀略が企てられ、永遠に報復が仕掛けられる。1854年、イエズス会はペリー准将の率いるアメリカ艦隊を使って日本を開国させた。その古き敵に対して復讐するために、イエズス会は外国勢力を使って、1868年の革命を作り出した。徳川将軍は“権力を不法に簒奪した者”という悪名を付けられ、辞職するように強制され、徳川将軍家は15代で終焉した。

将軍家を追放した後、イエズス会は、天皇崇拝を復活させ、東京に、イエズス会の将棋の駒たる明治天皇を頂点とする中央集権国家を樹立した。

1873年、キリスト教禁止令が撤廃されるや、イエズス会は公式に日本への入国を許可された!1874年、イエズス会宿命の敵たる仏教は、正式にその特権を剥奪され、天皇はもはや、長年の国教であった仏教を保護することをやめた。

この新しい絶対権力をもって、1945年までその“教会の日本刀”を行使する。彼らは天皇の軍隊をもって、イエズス会の二つの旧敵、すなわち中国(1895年)、ロシア(1905年)に対する戦争を起こさせた。北京の満州王朝は1700年代にイエズス会を追放し、モスクワのロマノフ王朝の皇帝は1820年に同じことをしたではないか。

1941年、日本人が報復を受けるべき時が来た。ローマのイエズス会は総長の監督下で、東京のロヨラの息子たち(イエズス会の兵士たち)は、米国と日本の間の戦争を作り出す。フリーメーソン、シュライナー位階によるルーズベルト大統領が完全に承知している状況の中で、真珠湾は東条の日本艦隊によって爆撃される。そして、それは全米国民に惨劇の嵐を巻き起こす。(米国)議会は、この謀略にうまうまと嵌められて、対日宣戦布告を議決する。

天皇は、彼の絶対君主制を失った。太古からの文化を保有する日本は破壊され、日本人は国家的敗北の結果、未曾有の屈辱を受けた。そしてそれからイエズス会は、日本をハワイのように彼らのアメリカ帝国に併合し、その保護と繁栄が完璧にワシントンDCに従属する如き、社会主義的商業的植民地を造り出した。


親愛なる真実の探求者の皆さん。これこそまさに1868年から1990年に至る時期に生じたことである。イエズス会は、明治天皇と彼の孫、昭和天皇を通じて日本の軍隊を思いのままに動かし、1911年満州王朝(清帝国)を廃絶せしめ、第二次世界大戦中、1945年まで『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』に述べられている如くに、中国人民を掠奪暴行し、大量に虐殺した。それから1949年には、イエズス会は、彼らの支配する英国、アメリカ、ロシア帝国をして、中国の大異端審問官毛沢東を権力の座に就けた。そして彼はイエズス会の指令にもとづき、“共産主義”の名の下に、彼自身の国の人民を五千万人、虐殺した。冷たい戦争の勝利者となったイエズス会総長は、極東の絶対権力者の地位に就き、厖大な兵力を有する中国軍という強力な、新しい“教会の剣”を彼の手に持って登場した!イエズス会総長の手の中に在るこの軍隊(中国軍)は、いずれの日か、(ローマ)法王の所有するアメリカ帝国によって先進技術を供与され、十二分な食糧支援を与えられて、日本、韓国(および北朝鮮)、台湾、マレーシア、武装解除されたオーストラリアを併合するであろう。





http://sfu9xi.sa.yona.la/529

006-09-26


バチカンは、ローマ・カトリック教会と東方典礼のカトリック教会の中心地で、いわばカトリックの「総本山」です。

バチカンの統治者はローマ教皇であり、ローマ教皇庁によって統治されています。

バチカン市国の面積は0.44平方kmと、ほぼ東京ディズニーランドと同じくらいの世界最小国ですが、中国にも匹敵する10億人以上の信徒を全世界に有している一大勢力であり、また、信徒の中には国家元首クラスがたくさんいるので、その情報力および外交力そして影響力は世界でもトップクラスなのです。

『アメリカ ネオコン政権 最期の強敵 バチカン』によれば、そのようなバチカンの重要性を最も認識していたのは昭和天皇であり、太平洋戦争勃発のおよそ二ヶ月前に、当時の木戸幸一内大臣に「今度の戦争は避けられそうにないが、いよいよ戦争になった時は、どのように和平工作を進めるのか、今から考えておくように…。そのためにはバチカンと国交を結んでおくことは必要なことなので、すみやかにその手配をするように」と密命を与えたということです。

昭和天皇が誰よりも国際情勢に精通していたことをうかがい知ることができるエピソードではないでしょうか。

さて、そんなバチカンを支える強力組織がイエズス会*1です。

※イエズス会については『キリスト教は植民地支配の先兵だった』もご参照ください。

以下は『天皇のロザリオ』(鬼塚英昭著)から引用です。

イギリスの歴史家ジョージ・サムソン卿は『日本-文化小史』の中で、あるスペイン船長の話を書いている。日本との取引交渉に難渋するスペイン船長に、日本人が「スペイン国王はどうしてこれだけの領土を支配できたのか」と質問した。その船長は「簡単なことだ。原住民を改宗させるために宣教師を送り込む。改宗者が十分そろったところで軍隊を送り、改宗者が現地政権に反抗するようにしむける。そしてスペインが占領するのだ」と答えた。

1549年にキリスト教を伝えるため来日したイエズス会宣教師フランシスコ・ザヴィエルの隠れた使命も、日本の占領にあったのでしょうか?

小岸昭(京都大学教授)の『十字架とダビデの星』の中に、ザヴィエルが描かれている。

「旧キリスト教徒の高位聖職者たちは、マラーノを正しい信仰に背いた「呪われた者」としてマラーノ憎悪を煽り立てていた。大航海と植民の拡大政策による国家の経済的発展とともに、いちじるしく力をつけてきた信仰中間層を封じ込め、かつカトリック王国を宗教的に浄化する必要を痛感していたジョアン三世は、1536年、ついに異端審問所を開設するに至った。この時、火炙りの刑に震え戦(おのの)いた改宗ユダヤ人のなかに、祖国を脱出し、新天地たる黄金のゴアに向かう者が少なくなかったのである。」

小岸はマラーノについて、「追放か洗礼かを迫る十五世紀末の『ユダヤ教徒追放令』により、キリスト教に改宗したイベリア半島のユダヤ人たち、表面上には〈十字架〉に帰依するように見せかけながらも、心の奥底で密かに〈ダビデの星〉を信じ続けた彼らは、異端審問所の執拗な追及に怯え、『マラーノ』(豚)と蔑まれながらやがて世界中に離散していく。ヨーロッパはもとより、ブラジル、インドへ…」と書いている。

ザヴィエルは、ポルトガル系のユダヤ人のマラーノである。ポルトガル系ユダヤ人は香辛料や金銀を求めて、世界的な貿易に乗り出していた。マラーノのザヴィエルは、イエズス会の会員にして貿易商人でもあった。

<中略>

『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』から彼の信仰と思想を見ることにしよう。

「神父が日本へ渡航するときには、インド総督が日本国王への親善とともに献呈できるような相当の額の金貨と贈り物を携えてきてください。もしも日本国王が私たちの信仰に帰依するようなことになれば、ポルトガル国王にとっても、大きな物質的な利益をもたらすであろうと神において信じているからです。堺は非常に大きな港で、たくさんの商人と金持ちがいる町です。日本の他の地方よりも銀か金がたくさんありますので、この堺にポルトガルの商館を設けたらよいと思います。」(『書簡集』第93、ゴアのアントニオ・ゴメス神父に宛てて、1549年11月5日、鹿児島より)

それでは「書簡第九」を見てみよう。ザヴィエルが商人であることを知ることができる。

「それで神父を乗せて来る船は胡椒をあまり積み込まないで、多くても80バレルまでにしなさい。なぜなら、前に述べたように、堺の港に、ついた時、持ってきたのが少なければ、日本でたいへんよく売れ、うんと金儲けができるからです。」

堺は十六世紀中葉、日本の商業の中心地であった。ザヴィエルは1551年、堺に三万クロサド以上の財産がある商人たちは1000人以上いると推定した。80バレルの胡椒は、インドで976クルサドの価であったが、日本に来ると三倍になった。

<中略>

「書簡第九十四」は、ヴァスコ・ダ・ガマの子のペトロ・ダ・シルヴァに宛てた手紙である。その手紙は次の文で終わる。

「もし、閣下が私を信頼してくださって、この地方に送る商品の管理を私にご一任くださるなら、私は「一」から「百」以上に増やすと断言します。」

こうしてみるとザヴィエルはポルトガルの経済戦略の先兵隊員ではあったようです。


そして、このザヴィエルが貿易の目玉としたのは、火薬の原料となる“硝石”でした。

徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。(二版では憲兵命令で削られた)

キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし。

<中略>

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが天正少年使節団としてローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。

行く先々で日本女性がどこまでいってもたくさん目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。

鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている。」(山田盟子『ウサギたちが渡った断魂橋』)

キリシタン大名は、火薬一樽で50人を奴隷として差し出したとのことです。

また、キリシタン大名は、硝石欲しさに仏像や寺社の破壊も行ないました。

イエズス会のバテレンのルイス・フロイスの『日本史』の記述を読むと、大友宗麟の姿が見えてくる。この『日本史』は、1583年の秋からフロイスが編集した日本におけるイエズス会の布教の歴史である。

大友宗麟が織田信長に鉄砲や火薬を仲介する商人の姿が書かれている。宗麟は貴族の久我晴通に、禁裏(天皇)へのバテレン優遇の奏上を依頼している。

信長が仏寺破壊を行なって、フロイスは祝意を表明している。バテレンは宗麟にも仏像・寺社破壊を奨励した。宗麟は1561年に宇佐八幡宮を焼いたのをはじめ、領内の仏像・寺社破壊をなした。1581年10月8日に、豊前彦山の三千坊といわれる坊舎を焼いた。宗麟はヴァリニャーノに「このたびの勝利が、デウスの御業と司祭たちへの祈りの賜である」と伝えた。その報酬として、イエズス会は宗麟の武器援助の要請に応じた。

さて、次に鹿島の『昭和天皇の謎』の中の一文を紹介する。

ポルトガルとオランダが諸大名に火薬を売りつけたために日本は戦国時代になった。信長のキリシタン擁護が腰砕けになったため、宣教師は明智光秀に新式火薬を渡して、信長殺しに成功するが、そのうち秀吉の鎖国政策を嫌った宣教師たちは朝鮮征伐には火薬を供給せず、そのために秀吉の外征は失敗に終わる。しかし、このとき国内にいて火薬を温存させた徳川がのちに政権をとることができた。家康は火薬の流入が日本に戦乱を引き起こしたことを十分承知しており、鎖国の狙いはキリシタン禁制そのものでなく、火薬流入の禁止であった。

鹿島は、明智光秀が織田信長を殺したとしていますが、八切止夫はイエズス会が火薬で信長を吹っ飛ばしたとしています。

☆八切止夫作品集は下記で読むことができます。

http://rekishi.info/library/yagiri/


何故、神の使者であるはずの彼らが、このような残虐行為をおこなえるのでしょう?

その答えは、次の逸話の中に集約させているように思います。

大航海時代の一時期、航海者たちはローマ法王に「異教徒は人間なのか」と問い合わせ続けた。法王の答えは一定していた。

「殺すなかれという戒律はキリスト教徒だけに適用する」


実に恐ろしきは“一神教”の偏狭さ也、ですね。

(つづく)

*1:イエズス会は、カトリックとしては二番目に大きな修道会。2万人の会員が112カ国で活動しています。
ちなみに、一番大きな修道会は『ダ・ヴィンチ・コード』で有名となったオプス・デイです。




http://ameblo.jp/yukikaze99j/entry-10070140628.html

豊臣秀吉を激怒させた南蛮人の日本人奴隷貿易
テーマ:歴史
 
 豊臣秀吉が1587年に宣教師追放令を出したのは、いくつかの理由があります。その理由は、スペインが日本の植民地化を狙っていたこと、キリシタン大名が自分の領地の神社や寺を根こそぎ破壊したこと,ポルトガル商人が日本人を奴隷として輸出していたことが挙げられます。

1.宣教師ら手紙に残された中国植民地化計画
 スペインが、日本や中国を植民地にすることを狙っていたのは当時の記録から窺い知ることが出来ます。(1)~(3)は、いずれも高瀬(1977)からの抜粋です。

(1)宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが1582年12月14日付けでフィリピン総督へ宛てた手紙
の抜粋[p83]
 「私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができる。何故なら、国民は非常に高貴且つ有能にして、理性によく従うからである。
 尤も、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。何故なら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛且つ貧しい故に、求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからである。
 しかしながら、シナにおいて陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時とともに、非常に益することになるだろう。それ故日本の地を極めて重視する必要がある。」

(2)イエズス会日本布教長フランシスコ・カブラルが1584年にスペイン国王へ宛てた手紙の抜粋[p95]
 私の考えでは、この政府事業(明の植民地化)を行うのに、最初は7千乃至8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。・・・日本に駐在しているイエズス会のパードレ(神父)達が容易に2~3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。彼等は打ち続く戦争に従軍しているので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1エスクード半または2エスクードの給料で、としてこの征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するであろう。

(3)日本に15年滞在したペドロ・デ・ラ・クルスが1599年2月25日付けでイエズス会総会長へ出した手紙の抜粋[p147-150]
 日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。そこでもしも国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国を襲うことが出来よう。この地は島国なので、主としてその内の一島、即ち九州又は四国を包囲することは容易であろう。そして敵対する者に対して海上を制して行動の自由を奪い、さらに塩田その他日本人の生存を不可能にするようなものを奪うことも出来るであろう。・・・
 このような軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と協定を結び、その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。このためには、天草島、即ち志岐が非常に適している。なぜならその島は小さく、軽快な船でそこを取り囲んで守るのが容易であり、また艦隊の航海にとって格好な位置にある。・・・
 (日本国内に防備を固めたスペイン人の都市を建設することの利点について)日本人は、教俗(教会と政治と)共にキリスト教的な統治を経験することになる。・・・多くの日本の貴人はスペイン人と生活を共にし、子弟をスペイン人の間で育てることになるだろう。・・・
 スペイン人はその征服事業、殊に機会あり次第敢行すべきシナ征服のために、非常にそれに向いた兵隊を安価に日本から調達することが出来る。

世界の支配構造の本当の秘密

実際は秘密裏にローマカトリック教会を引きずり回し、悪魔的に支配しているのは、イエズス会。

イエズス会の指導層は、テンプル騎士団、マルタ騎士団、アメリカのコロンブス騎士団も支配しています。

ローマ教皇より、黒い教皇と呼ばれるイエズス会総長の方が、バチカンを動かす上で、はるかに強い権力を持っている。

ロスチャイルド家は代々イエズス会士。(ビルヒューズによれば)

イエズス会が育て操った歴史上のメンバー。
スターリン、ムソリーニ、ヒトラー、ヒムラー、ゲッペルス、アイヒマン、ビルクリントン、カストロ、シモンペレス、ロバートムカベ、

2008年1月15日、ローマで開かれていた第35回イエズス会総会において、日本の上智大学に学び同校において教鞭を執ったこともあるスペイン人会士アドルフォ・ニコラス神父を新総長に選出。広島での活動が有名で上智大学で教鞭もとっていた28代ペドロ・アルペ総長に続く、日本に縁の深い人物の総長就任となった。

イギリス女王エリザベス2世もこの両テンプルの会員です。つまりイギリスを支配する女王も、クラウンテンプルに従属しているので、国全体がローマカトリック教会の支配下に置かれていることになる。

アメリカの本当の所有者は、現在もローマカトリック教会=バビロン教会に操れられたクラウンテンプル






『2人だけが知っている世界の秘密』太田龍+デービッドアイク著より


アメリカの本当の所有者は、現在もローマカトリック教会=バビロン教会に操れられたクラウンテンプルで、そこにはバチカンの金庫番ロスチャイルド家がいます。アメリカが独立した大層な世界帝国なんていうのは欺瞞にすぎないということです。
ではテンプルクラウンとは何でしょう。イギリスで『ザクラウン』といえば国王や女王を指すと想像しがちですが違います。実態を隠すために、あえてイギリス国王を象徴させていますが、『ザクラウン』は、ロンドンのテンプル地区にある、テンプル騎士団の象徴でもある『クラウンテンプル』のことです。
この『クラウンテンプル』はアメリカ、カナダを含めた世界中の法制度を支配していて、排他的な秘密結社的な4つの法学院から構成されています。
そのうちのインナーテンプルは、カナダとイギリスの法制度を、ミドルテンプルはアメリカの法制度をフランチャイズとして支配しています。世界中の弁護士は、このフランチャイズに堅い忠誠を誓わければ法曹界に入っても法律の専門家として働くことができない。イギリス女王エリザベス2世もこの両テンプルの会員です。つまりイギリスを支配する女王も、クラウンテンプルに従属しているので、国全体がローマカトリック教会の支配下に置かれていることになるのです。
アメリカ独立宣言の証明したのうち少なくとも7人は『ザクラウン』の弁護士で、クラウンテンプルに忠誠を誓っています。アメリカ建国にかかわったミドルテンプル法学院の有力エージェントの1人がアレクサンダーハミルトンです。
ハミルトンはアメリカの銀行制度を、ロスチャイルドとクラウンテンプルのアジェンダに添う形で作り上げ、独立13州を支配しました。すべての州が『ザクラウン』の法的な所有物、すなわちクラウンコロニー(イギリスの直轄地)なのです。『ザクラウン』の実体は12人ほどで構成される委員会で、彼らはザ・シティを支配する各銀行の代表者です。
ここでも最も影響力が強いのはロスチャイルド家です。



ザ・シティの紋章は2匹のドラゴン・(レプティリアン)

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ロスチャイルドが支配する独立国ザ・シティ オブ ロンドン

ではザ・シティとは何でしょうか?
イギリスの首都大ロンドンは、人口8百万人ですが、ザ・シティは270ヘクタールに5,000人が居住、300,000人以上の人がザシティ城内と関連金融機関で働いています。約500の国外銀行の店舗があり、ヨーロッパ10都市以上の金額がザ・シティに投資されています。
ここからが肝心な点ですが、ザ・シティは民間企業にして、主権国家なのです。ザ・シティはイングランドの一部ではない。れっきとした独立国なのです。イギリス国王にも議会にも従わない。独自の警察組織まで持っています。独自の市長ロードメイヤーがいて、在任中の国王と言えどもロードメイヤーの許可がなければ入国できません。この主権国家の運営方針は、ロスチャイルドの操るロンドン銀行から道路をはさんだ『マンションハウス』というところでロードメイヤーが決定します。このポストは1189年から続くもので、年2回必ず高位のフリーメイソンから選ばれます。なんとイギリス首相とその政府はザ・シティから指令を受けているのです。そのザ・シティに指令を出しているのがローマカトリック教会(バビロン教会)ということなのです。
バチカンの金庫番がイエズス会士のロスチャイルドです。そしてバチカン市国も主権国家で、イタリア議会に従うことのない存在です。この構造はワシントンDCに引き継がれています。






最強最悪の秘密結社は悪魔崇拝のイエズス会

2つの世界大戦のような世界を大きく変えるでき事の背後には必ず、秘密結社が動いて要の約割を果たします。
数ある秘密結社の中で、最大最強の秘密結社がイルミナティです。
このイルミナティの中核を担っているのが、ロスチャイルド家であることは周知の事実で、その影に隠れて、意外と看過されているのが、秘密結社としてのバチカン=ローマ教皇庁(バビロン教会)です。
もちろん表向き愛と平和を唱えるローマ教皇庁は、秘密結社には見せないようにしていますから、一般はそんなことに気づかないのです。実際は秘密裏にローマカトリック教会を引きずり回し、悪魔的に支配しているのは、イエズス会です。
イエズス会の指導層は、テンプル騎士団、マルタ騎士団、アメリカのコロンブス騎士団も支配しています。さらには、ローマカトリック教会の秘密結社オプスディも作りその下に従えています。
ローマ教皇より、黒い教皇と呼ばれるイエズス会総長の方が、バチカンを動かす上で、はるかに強い権力を持っているのです。
ちなみに30代目(2008年~)になる現早朝アドルフォ・ニコラスは過去に日本管区長を務め、上智大学で神学を教えていました東アジアでの布教活動を長らくしていました。

ローマ教皇庁内部の秘密グループで20年以上働いてきた人物の証言です。
この17カ国語を話す天才的人物は、イエズス会の元司祭のマラキ・マーティンと言います。1997年に亡くなる直前、著作で明かしています。ローマ教皇庁にオカルト的陰謀が存在し、悪魔崇拝の儀式がルシファーに捧げられる秘密礼拝所で行われていると。イエズス会修道士の入会者は入会式で、イエズス会とローマ教皇の共通の敵との戦いに従事するというテロリストのごとき冷酷無比な血の宣誓をさせられます。

私は機会ある限り、ひそかにあるいは公然と、指示された通りに、すての異教徒やプロテスタント、自由主義者をこの地上から根絶させ撲滅するまで、徹底的に戦い続けることを誓い、宣言する。相手がどのような年齢、性別、健康状態でも決して容赦しない。忌まわしき異教徒をつるし上げ、麻痺させ、皮を剥ぎ、首を絞め、生きたまま地中に埋める。女の腹と子宮を裂き、子供の頭を壁に打ち付けて粉砕し、呪うべき者たちを永久に根絶させる。
公然と行なえないときは陰に隠れ、毒を盛った盃を、短剣の刃を、絞殺のためのロープを、鉛の弾丸を使う。相手の地位、品格、権威にかかわりなく、彼らの状況がどのようなものであろうと、公私にかかわらず実行する。私は常に教皇の、あるいは聖なる修道会であるイエズス会の長の代理人の命ずるままに動く。

現在世界112カ国に約25,000人のイエズス会士がいます。ロヨラが会士は死体のように従順であれと命じたように、イエズス会はローマ教皇と組織内上位者への絶対的服従を旨とする独裁体制が今でも貫徹されています。





マラキ・マーティンについてもう一段深く掘り下げることから話を始めよう。マラキ・マーティンは謎の多い人物で、ピオ12世が死亡しヨハネス23世が即位した1958年から第2バチカン公会議の結論がほぼ固まった1964年まで、わずかに6年間だけバチカンの中でイエズス会士として僧職に就き、上にも述べたようにアウグスティン・ベアの私設秘書として公会議の最重要決定の一つである「Nostra Aetate (教会の非キリスト教宗教に対する関係についての宣言)」の作成を中心的に行った。そしてこれによって、カトリック教会のユダヤに対する態度が全面的に改められ、ユダヤ(シオニスト)勢力が表立ってバチカン内部に影響力を行使できることとなる。

マーティンは死海文書の専門家、またエクソシスト(悪魔祓い師)としても有名であり、1964年にパウロ6世の許しを得てバチカンを出てイエズス会を脱会し還俗(ただし生涯を独身で通したが)した後に、1999年に死亡するまで、カトリックの信仰をテーマとする数多くのフィクション・ノンフィクションの作家としても活躍した。

彼は改宗ユダヤ人の家系でアイルランド生まれであり、ベルギーのルーヴァンにあるカトリック大学で神学やセム言語などを学び、オックスフォード大学とエルサレムのヘブライ大学で研鑽を積んだ。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%BA%E3%82%B9%E4%BC%9A
イエズス会
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イエズス会の紋章

イグナチオ・デ・ロヨラ

創設メンバーの一人フランシスコ・ザビエルは日本に布教したことで知られる。神戸市立博物館蔵。
イエズス会(ラテン語:Societas Iesu)はキリスト教、カトリック教会の男子修道会。宗教改革以来、イエズス会員は「教皇の精鋭部隊」とも呼ばれた。このような軍隊的な呼び名は創立者イグナチオ・デ・ロヨラが修道生活に入る以前に騎士であり、長く軍隊ですごしたことと深い関係がある。現代では六大陸の112カ国で活動する2万人の会員がいる。これはカトリック教会の男子修道会としては最大のものである。イエズス会員の主な活動は高等教育と研究活動といった教育活動であり、宣教事業や社会正義事業と並んで活動の三本柱となっている。
イエズス会の保護者は聖母マリアの数ある称号の一つである「道の聖母 (Madonna Della Strada) 」。イエズス会の指導者は終身制で総長とよばれる。現在の総長はアドルフォ・ニコラス師である。会の総本部はローマにあり、かつて本部がおかれていたジェズ教会(Chiesa del Gesù)は歴史的建築物となっている。略称はS.J. 中国や古くの日本では「イエス」の漢訳が耶穌であることから耶穌会(やそかい)とも呼ばれた。


創設 [編集]
1534年8月15日、イグナチオ・デ・ロヨラとパリ大学の学友だった6名の同志(スペイン出身のフランシスコ・ザビエル、アルフォンソ・サルメロン、ディエゴ・ライネス、ニコラス・ボバディリャ、ポルトガル出身のシモン・ロドリゲス、サヴォイア出身のピエール・ファーヴル)がパリ郊外のモンマルトルの丘の中腹のサン・ドニ聖堂(現在のサクレ・クール聖堂の場所にあったベネディクト女子修道院の一部)に集まり、ミサにあずかって生涯を神にささげる誓いを立てた。この日がイエズス会の創立日とされている。彼らは清貧・貞潔の誓いとともに「エルサレムへの巡礼と同地での奉仕、それが不可能なら教皇の望むところへどこでもゆく」という誓いを立てた。


現代のイエズス会 [編集]
イエズス会は会員数20000人、活動地域は六大陸に112カ国に及ぶ世界で二番目に大きいカトリックの男子修道会である。現在の総長はアドルフォ・ニコラス。会の活動は宣教・教育・社会正義など広範な分野にわたるが、特に有名なのは依然として高等教育である。世界各地にイエズス会の大学と高等教育機関があるが、現在この分野でもっとも活発なのはインドとフィリピンであろう。各地のイエズス会学校は所在地の文化に適応した教育を行っているが、「人生のモデルとしてのキリスト、生涯教育のスタートとして知的・霊的教育」という共通の教育目標を掲げている。
ラテン・アメリカでは解放の神学の熱心な推進者として多くのイエズス会員が知られている。解放の神学は時に微妙な政治の領域へ踏み込む危険があるため、カトリック教会において物議をかもしてきた。前教皇ヨハネ・パウロ2世は数度にわたってその行き過ぎを非難している。
ペドロ・アルペ総長時代、イエズス会の活動テーマとして「社会正義と社会的弱者への優先的配慮」が掲げられた。オスカル・ロメロ司教暗殺から10年ほどたった1989年11月16日、イエズス会の六司祭(イグナシオ・エラクリア、セグンド・モンテス、イグナシオ・マルティン・ベロ、ホアキン・ロペス・イ・ロペス、フアン・ラモン・モレノ、アマド・ロペス)と家政婦をしていたエルバ・ラモスとその娘セリア・マリセラ・ラモスがエル・サルバドル軍兵士によって中央アメリカ大学の構内で殺害された。彼らは貧者の保護者であったため、政府から破壊活動を扇動しているというレッテルを張られた上での殺害であった。この事件はイエズス会全体の社会正義運動に対する意識を高め、殺害した兵士たちがアメリカ合衆国のジョージア州の基地で訓練されたことからアメリカ軍に対する抗議運動へと発展することになった。
2002年にはボストンカレッジの総長でイエズス会員のウィリアム・リーハイがカトリック教会を「危機を超えて再生へ向かわせる」とうたった21世紀プログラムを発表した。その中ではカトリック教会の検討すべき課題として司祭の独身性、女性の役割、信徒の役割などがとりあげられた。
2006年2月2日、ペーター・ハンス・コルヴェンバッハ総長は、教皇の了承のもと、80歳を迎える2008年に総長を退任すると発表した。2008年1月5日からローマで行われる第35回イエズス会総会では新総長の選出が行われることとなった。イエズス会総長は終身制だが、自主的な退任も可能であると会憲に定められている。
2006年4月22日、イエズス会の守護者である聖母の祝日に教皇ベネディクト16世はローマを訪れたイエズス会員たちに対して贈った言葉で「イグナチオ・ロヨラ、フランシスコ・ザビエル、ピエール・ファーヴルのような優れた聖性の人を源流とするイエズス会の存在に感謝し」た。彼はロヨラについて「まさに神の人であり、祈りの人であった。彼の存在の根源にあったのは聖体への深い信心であった」と語った。
2008年1月15日、ローマで開かれていた第35回イエズス会総会において前述のコルヴェンバッハ総長の退任に伴い、日本の上智大学に学び同校において教鞭を執ったこともあるスペイン人会士アドルフォ・ニコラス神父を新総長に選出。広島での活動が有名で上智大学で教鞭もとっていた28代ペドロ・アルペ総長に続く、日本に縁の深い人物の総長就任となった。




http://blogs.yahoo.co.jp/hero_tsuka3_94/43335660.html/
ロンドンのテンプル地区 

にぎやかなロンドンの中で静まり返って
独特の雰囲気がある テンプル地区 
元々はテンプル騎士団のイギリスにおける本拠地
「テンプル・チャーチ」に端を発するイギリスの四大法学院の1つ。
(弁護士や学生達が生活をともにしながら学ぶ法律家養成機関)
イギリス法曹界の中心がこの地区にある。
四大法学院のうち二つの 「インナー・テンプル」、「ミドル・テンプル」がここにあ
そういったことからもここがいかにすごいところかわかる
(ちなみに他の二つは「リンカーズイン」と「グレイズイン」)
近くにはロイヤルコートオブジャスティス(裁判所)

ロンドンにありながら その地区だけは柵や塀で囲まれ世界観が異なってる
観光客も入っていいはずなのだが 観光客の数もまばらで
自分も入っちゃいけないところに入っちゃったような感じがした
場所によっては門衛がいるところもあり(そこは一般人入れない)
おっかなびっくり歩いていたところが写真のMiddle Temple Lane という通り
この先の右側がミドルテンプルだったかな

だけど
そもそもテンプル騎士団って何なのだろうか?(氣志團でないことは確かだ(笑))

聖地奪回の十字軍の活動の中、
誕生したのが騎士修道会(構成員たちが武器を持って戦闘にも従事するタイプの修道会)
テンプル騎士団はその中でももっとも有名なもの。
創設は1096年の第1回十字軍の終了後であり、
エルサレムへの巡礼に向かう人々を保護するために設立された。
テンプル騎士団の最大の特徴は、構成員が修道士であると同時に戦士であったということにある。
(日本で言う比叡山の宝蔵院みたいなものかね ちと違うか 要は戦うお坊さん)
またテンプル騎士団が王族や貴族たちの財産を預かる中で独自の金融システムを発達させ、
国際銀行の元祖ともいうべき役割を果たしていたことである。
活動目的が聖地守護と軍事活動であっても実際はほとんどの会員は軍事活動そのものより、
それを支援するための兵站および経済的基盤の構築にあたった。
もともと騎士達はこの世の栄華を捨てる証に個人の私有財産を会に寄贈してたので経済的基盤が強い
さらにテンプル騎士団は巡礼者の預金証を作成し、
彼らの資産を預かるサービス(つまり銀行)を編み出した。
こうしたことと莫大な寄進によってヨーロッパ全体に広大な荘園を所有し(最盛期にはキプロス島全島)
フランスでは裏の財界といわれ 国王にすら財政援助をするまでになった。
聖地がイスラム教徒の手に奪い返されて本来の目的を失った後も活動し続けたが、
1300年代初頭にフランス王フィリップ4世の陰謀によって壊滅させられ、禁止となった。

そのイギリスの本拠地がテンプルチャーチ
ロンドン大火のあと、セントホールの設計者 クリストファーレンによって補修が行われた
第1次世界大戦で被害を受けたけど、まぁ残ってる。

現在は教会として通常のミサを行ったりして開放してるので もちろん観光客でも見学はできる
自分が到着したときにちょうど昼休みに入るところだったので1時間待ちで入りました。
独特のドーム型の内部には9人騎士(&1つの棺)が眠っている。
ちょっと怖い というかなんと言うか 独特の雰囲気
ダヴィンチコードでこの教会もその舞台になっていた

テンプルに入る通りの中央には{{「テンプル・バー・メモリアル}}}というモニュメントあるんだけど、
これはシティとウエストエンドとの境界線。
シティってのも複雑で(以前ちょっと紹介したのを参照して)
イギリスであってもイギリスの統治とはちょっと違う支配を受けてたそういった場所
国王はシティに入る際には、シティの長の許可が要る
国王がシティに入るときはいまもここで式典が行なわれる。
でもすぐ近くにバッキンガムがあるからめんどくさいだろうなぁ

フリートSt.を挟んだ北側には威厳を感じさせるゴシック建築の王立裁判所が建つ。
ここはイングランドとウェールズの最高法廷で、おもに民事を扱っている。
中央ホールにはモザイク模様の床が70mも続き、中央口の横には、法衣などが展示されている・・・
そうです 入ったことないんで分かりませんが
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Author:harpman
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