スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

火星人面像は人類の起源の解明につながる発見?

NASAは火星人面像を否定しています。
でもその否定は火星人面像の存在を隠すように意図されているように感じます。
なぜNASAは火星人面像を否定したいのか?
私の思いつきですが、
火星人面像は50万年前に作られたといわれています。
地球に人類の祖先、ホモサピエンスが登場したのが20万年前。
50万年前に人類の顔を持った生物がいたのかどうか?
火星人面像が火星人が作ったものだとしたら、その顔は火星人自身の顔を元にして作ったか、当時の火星の支配者を讃えて作ったのかと考えられます。人類と同じ顔をしている生物が火星にいた。
つまり火星人が人類の祖先であった可能性が出てきます。
火星人面像の存在の実態は人類の起源にも関わる非常に重要なものであり、もっと注目されるべきです。
そんな人類の起源に関わる重大な問題をNASAは写真1枚で簡単に否定しているのは、そこに触れられたくないことがあるように感じます。

NASAは火星に人類の祖先がいたということを認めたくないようです。




01091.png


http://www.astroarts.co.jp/news/2006/09/28cydonia/index-j.shtml
その熱烈な空想に終わりが告げられることになったのは1998年のこと。NASAのマーズ・グローバル・サーベイヤによる観測で、自然がつくりあげた造形であることが確認されたのだ。しかし見方を変えれば、人工的建造物説は実に22年も続いていたことになる。
シドニア(Cydonia)地方に隣接したエリアはなだらかなスロープで、周辺は丘や起伏のある地形に囲まれている。これらは、火星でよく見られる堆積物が崩れた跡なのだ。こういった地形は土を盛ったような盛り上がりのすそ部分で形成され、おそらく、細かい岩石や氷からできていると考えられている。シドニア地方に見られる火星の顔を含めた地形にも、岩石が斜面から落下し、堆積してできたと考えられる同様の特徴を見ることができる。
さらに、火星の顔の周辺については、もともとここにはより大きな堆積物の崩れた跡が存在していたのだが、その後表面が溶岩によって覆われたと考えられている。
科学者であり作家でもあったカール・セーガンは、「人のイマジネーションというものは、一度も訪れたことのない見知らぬ世界へとわれわれを連れていってくれる」という言葉を残している。また、マーズ・エクスプレス・プロジェクトの研究者であるAgustin Chicarro博士は、「これらの画像は、本当に圧巻と呼ぶにふさわしいものです」と語っており、火星の顔が人工物でないことが明らかな今でも、火星の壮大な光景は人々を魅了してやまないようだ。


http://hp1.cyberstation.ne.jp/dorataki/intikikagaku.htm

『火星人肯定派』は、
「これぞ火星人の手によるもの」、
といろめきたち、
『火星人否定派』は、
「自然の地形が偶然そのように写っただけのことだ」、と主張しました。
 その後、別の探査機がその場所をより精密に撮影し、
その写真が公開されましたが、そこには人面像などは写ってはおらず、
人の顔とは似ても似つかぬ水の流れた跡のようなものが写っているだけで、
『火星人否定派』は、「光の具合で人の顔の様に見えただけで、
人面像などはじめから存在しなかったのだ」と主張しました。
 さてしかし、そこに大きな落とし穴、ありませんか?
1枚目の写真に写っていた物と、2枚目に写っている物とが違っていたならば、
普通はその最も合理的な説明は、
「1枚目の撮影後、2枚目の撮影までに、それが作り替えられた」
と解釈することでしょう。

 つまり、2枚目の写真は、「火星人など存在しない」と証明しようとして、
逆に「誰かが、人面像を作ったり壊したりしている」と証明してしまっている訳です。

 さて、人面像が、ひいては火星人が存在しないことを証明しようとするなら、
以下のような過程を経なければなりません。
つまり、その自然による地形をどのような条件で撮影すれば人面像に見えるか、
1枚目の写真の撮影条件も考えて、2枚目の写真に写った映像を解析し、
人面像に見える第3の映像を作成し、
人面像の存在によらず1枚目の写真を『再現する』こと、しかないんですね。

 NASAが持ってるスーパーコンピューターを使えば、
いくらでも簡単にCGとかでできそうなもんなんだけど、何故かやってくれない。


 なんでこんな揚げ足取りを展開してるのかっていうと、ここからが結論。
 ある現象について科学的に証明しようとしたら、
解明された条件に基づいて、その現象の再現されることが観測されなければ、
それは、「そうである」と断言することのできない、
「そうだったならツジツマがあう」としか評価できない『仮説』でしかない
んですね。

 このことを厳格に遵守しなければ、
再現性の無いが故に『存在しない』『非科学的』とされている
全ての事物を
承認しなければならなくなってしまう。
そうなったら、科学を標榜する人たちは、
『人面像』の存在を否定するより先に、
自分自身の立脚する基盤を否定する事態に陥ることでしょう。

 科学を標榜するみなさん、
科学を標榜しない人たちと違って責任は重大なんですよ。




http://aquara.hp.infoseek.co.jp/mars-face.htm

 火星人面像の素顔再現

 1998年、火星探査機マーズグローバルサーベイヤー(MGS)が撮影し、NASAから独占的に画像処理を請け負っているMSSS社によってフィルター処理後記者発表された、いわゆるシドニア地域の“人面像”は、まったく“顔”の面影を失ったものであったため、当時「やはり火星の自然な地形であった」というニュアンスで一般には受け止められました。

 発表画像はコントラストがきわめて低く、NASAのリモートセンシング技術の質を疑うほどのお粗末な画像に失望させられました。しかしその後民間の3人の専門家がコンピューターによる画像補強処理を行い、低コントラスト画像の補正、光源位置の修整、俯瞰位置の補正、さらには各画像を一連のアニメーションに加工した成果をWEB上に公開しました。

 画像分析は、1976年に撮影し発表されたバイキング探査機の人面画像(70a13)とMGS撮影の画像の比較、特に撮影時の太陽光の照射角、コントラスト(及び階調)、撮影角度を中心に行われ、各要素についてバイキング画像を対照しながらMGS撮影画像の補強及び補正処理を行ったものです。

 このようにして再描画された映像は、巨大で平坦な段丘(メサ)の上に築造された彫りの深い男性の顔を彷彿とさせる“人面遺跡”そのものです。メサを背景に深い両眼窩、鼻、口など左右対称性の顔の特徴を備えた地形は、自然の造山・風化作用によって偶然生まれる可能性に対し、非常に高い倍率で「人工物」の可能性があると研究者は見積もっています。

 今年6月、NASAは「火星の地下に現在も水のある証拠を見つけた」と記者発表を行ったのはまだ記憶に新しいところです。根拠となったのはMGSが撮影した画像の地形分析によるものです。この発表に先立ち、6月末に見込まれていた同探査機のシドニア地域上空通過のさい、問題の“人面像”を再撮影し即時公開を求める署名運動がWEB上で行われていました。しかし、その直前、MSSSの担当科学者も同席して行われた唐突とも思える「火星に水」の記者発表は、まさに「シドニア地域再撮影」の市民要望を水に流す絶好のタイミングであったと言えます。

 1998年、社会的な要望の高まりを受けてMGSがシドニア地域を撮影・発表したさいも、科学的意義のない時間の浪費ともいえるミッションを理由にNASAは実行を渋ったいきさつがありました。その後、火星の「ニコちゃんマーク」や「ハート形」の地形画像をご愛嬌で発表し、「人面像」に対する皮肉を込めたメッセージとして受け止められました。

 MGSの撮影画像データの一次処理をNASAが特約会社の一研究者に委ねている以上、一次データの処理が適正に行われているかどうか、疑問が生じないようにすべきです。現状では強権的な情報管理・操作が行われているという印象を強く感じます。今後も真に自由な研究者たちによってこの問題の調査・分析が続けられることを強く望みます。
スポンサーサイト

火星人が地球でピラミッドを作った?

1976年、衝撃の一枚が登場した。 
火星の人面岩の写真である。
 それは、バイキング1号が送ってきた「シドニア」地区を撮影したものの一枚だった。
人面岩は、縦二二ハキロ、幅二二二キロ。
宇宙を睨むような表情。
左右ほぼ対称。
髪型、額、限寓、鼻、口、顎にいたるまで、人間の顔が忠実に再現されている。



01081.jpg









http://electronic-journal.seesaa.net/article/2478328.html

リチャード・ホーグランドは、人面岩のある火星のシドニア地
区には19.5度という数値をちりばめた構造物群があることを
指摘していますが、地球上にもその縮小モデルというべきものが
あるという驚くべき発表をしています。
 その場所は、英国のパンプシャー州にあるのです。先史時代の
遺跡であるエイブベリー・サークルと人工古墳としてはヨーロッ
パ最大級の規模を持つシルベリー・ヒルがそれです。
 このエイブベリー・サークルとシルベリー・ヒルは、4500
年前に造られたものといわれていますが
、その正確な建造年代や
建築方法、建造の目的についてはわかっていないのです。
 まず、エイブベリー・サークルですが、その直径は320メー
トル以上もある円形の巨大遺跡です。シルベリー・ヒルは人工の
円錐形の丘で、斜面の角度は約30度、高さ39メートル、その
頂点は2.5メートルの平らな面
となっています。
 ここで以後の説明のために、ホーグランドが火星のシドニア地
区の構造物について命名した2つの言葉の意味を知っていただく
必要があります。それは次の2つの言葉です。
-----------------------------
 トロス ・・ 円形構造物/らせん状の道を持つ円錐盛り土
 クリフ ・・ 崖/山の屋根を思わせるかたちの直線状の崖
-----------------------------
 ホーグランドは、この遺跡に行ったとき、何となく火星のシド
ニア地区と共通性があると感じた
のです。そこで、彼の主宰する
「エンタープライズ・ミッション」のスタッフに現地の軍用地図
を用意させ、シルベリー・ヒルとエイブベリー・サークル間の距
離が、火星のトロスとクレーター間の距離と等しくなるように倍
率を設定して地図のコピーを作成させたのです。
 そして、そのコピーとシドニア地区の写真を重ねてみると、驚
くべきことがわかったのです。何とエイブベリー・サークルは、
火星のシドニア地区のクレーターと同じ大きさだったのです。エ
イブベリー地区の遺跡は、火星のシドニア地区をおよそ100分
の7の縮小率で再現したものだった
のです。
 早速ホーグランドは現地に行き、地図を片手にシドニア地区の
クリフに該当するものを探したのです。現在のエイブベリー地区
には中心部の近くに郵便局やパブや一般住宅があるのですが、ホ
ーグランドはその地区の最北端に「溝」のようなものを発見し、
それがクリフであると仮定したのです。
 火星のシドニア地区のトロスの中心からクレーターの切れ目に
ある四角錐ピラミッドの頂点まで引いた線と、トロスからクリフ
まで引いた線とのなす角度は19.5度になります。
 同様に、シルベリー・ヒルの頂点からエイブベリー地区で発見
された「溝」とエイブベリー地区の切れ目に2本の線を引き、そ
こにできた角度を測るとこれも19.5度になったのです。
01082.jpg


 このようにして、ホーグランドと「エンタープライズ・ミッシ
ョン」のスタッフは、シドニア地区にあるピラミッドや人面岩に
該当する構造物を丹念に探したのです。
 シドニア地区における構造物の配置図を基にしてエイブベリー
地区の地図に線を引き、火星の構造物が存在する地点にそれらし
きものはないかと探したところ、いずれもそれらしき痕跡が発見
されているのです。ただ、人面岩についてはそのものずはりのも
のは発見されなかったのですが、それがあったとおぼしき痕跡は
見つかっています。
 それにしてもなぜこの地に火星のシドニア地区の痕跡があるの
でしょうか。考えてみれば不思議な話です。





http://ameblo.jp/gitarcla/entry-10027668209.html

火星の人面岩--五〇万年前の構造物
「人面岩」 の写真を目にしたときの驚きは、昨日のことのように強く記憶に残っている。
知らせてくれたのは某テレビ局のディレクターだった。
UFOに関する番組を演出して力をつけ、報道番組に引き抜かれた腕の確かな若手である。もちろん、彼との付き合いが始まったのは報道部に移る前のことで、彼が演出した番組にゲスト・コメンテイターとして出演したのである。

以来、個人的な行き来はないものの、電話でのやりとりはしてきた。その彼が久しぶりに電話をかけてきて、「火星に人面岩が見つかったので、コメントがほしい。写真はアアックスする」というのだ。

 データを吐きだすファックス・マシンの動きがことのほかスローに感じられるほど、筆者の気持ちは前にのめっていた。
「これは……」

 拡大された人面岩の写真に、筆者は言葉を失った。フィルタリング処理された画像の中央にそれはあった。画面の左上から光が差し、左の限寓から顎の中央にかけて長い影が走っている。
人面岩を上下に挟むように、クレーターふうのものがポッン、ポッンとふたつある。
右下には岩の塊らしきものがうずくまっている。それだけの内容の写真に、筆者は完全に冷静さを失った。
ディレクターの電話取材にどう答えたのか、その部分だけ記憶がまったくないのである。
人面岩の写真に、すべてが覆いつくされてしまったからかもしれない。
 火星に構造物らしきものがあることはわかっていた。一九七一年一一月、アメリカの火星探査
機マリナ19号が送ってきた写真に、菱形状に配された二対四基のピラミッド状構造物が写っていたのだ。ピラミッドの形状は、地球のそれとは違っていた。
火星のピラミッドは三角錐、地球のそれは四角錐である。
度肝を抜かれたのは、その大きさだった。
最大規模のものは、基底部の一辺が三二〇〇メートル、高さは一五〇〇メートル。
ちなみに、エジプト最大のクフ王のピラミッドは、底辺が三二〇メートル、高さ一四七メートルである。


 この発見に世界は騒然となった。
が、NASA(アメリカ航空宇宙局)は、「自然がつくりだした光と影による偶然の産物にすぎない」と、あまりにそっけない反応。
 
だが、五年後の七六年、今度こそ、衝撃の一枚が登場した。 
人面岩の写真である。

 それは、バイキング1号が送ってきた「シドニア」地区を撮影したものの一枚だった。

 人面岩は、縦二二ハキロ、幅二二二キロ。
宇宙を睨むような表情。
左右ほぼ対称。
髪型、額、限寓、鼻、口、顎にいたるまで、人間の顔が忠実に再現されている。


 しかし、驚きは、人面岩だけにとどまらなかった、シドニア地区を写したバイキングl号の写真を精査したところ、ぞくぞくと構造物が発見されたからである。そして、それぞれの形状にちなんだ名がつけられた。

D&Mピラミッド(発見者であるNASAゴダード宇宙飛行センターのコンピューター技師ビンセント・ディピートロとグレゴリー・モレナーの頭文字がつけられた)

・要塞
・シティ・スクエア
・トロス
・クリフ


 これらの構造物が構成する「太古夏至線」から判断すると、構造物群は、いまから五〇万年前に建造されたと推定された (太古夏至線=人面岩の口を通して引かれた一本の直線。
シドニア地区の構造物群同士の配列や方位から、その中心部を基準にして、東の地平線を望む地域を分析中に、その存在が導きだされた。
火星の地軸の傾きは約一〇〇万年周期で一五度から三〇度のあいだを行ったり来たりしており、現在はほぼ中間点の二五・九度。火星の夏至の日の出と日の入りの方向に走っている時代、つまり太古の夏至線として機能する時代は、火星の地軸の傾きが約二〇度のときで、それは約五〇万年前という数字になったのだ)。

 誰が建造したというのだ?
 

空飛ぶ円盤 (コアンダ効果)

http://74.125.153.132/search?q=cache:9DK7eDBekucJ:10e.org/mt2/archives/200703/310245.php+UFO アメリカ&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

このUFOは外側に回転しているプロペラなどは一切ついていなく「コアンダ効果」って言う1930年代にルーマニアの科学者であるコアンダさんが考え出した理論を使っているそうです。
物理の問題を見ると寿命が3年縮まってしまうエルエルに説明しろって言われても困るのですが、「流れの中に物体を置いたときにその物体に沿って流れの向きが変わる流体の性質のこと」っとWikipediaに書いてあった。うんエルエルには全く意味がわからないよ。

今までにもこの理論を使った航空機の開発ってのはあちこちで試みられたことがあるみたいですが、実用化されているのはソ連の飛行機くらい(Wikipediaにあるヤツ)。
あちこちの軍隊などでUFOみたいのが開発されているのは今に始まったことではなくて、アメリカ軍は1940年代には「Flying Flapjack」、1950年代には「Avrocar」、1992~98年には海軍において直径が1m80cmもある無人UFOの飛行実験も行われました。

・・・・・・・。
全部が全部軍事利用が目的ってのが人類の行く末を暗示してるような気もしますが。
その「コアンダ効果」ってヤツも、基本的にはエンジンがあってそれが動力となっているみたいなんで、本物宇宙人さんのような反重力物質UFOは人類にはまだまだ作れそうも無い予感。エルエルは宇宙人とお友達になるんで別にいいですけどネー。その内改造とかされちゃうんだ~。


プロペラがないのになぜ空を飛ぶ?



屋外で飛ばす
http://www.youtube.com/watch?v=CBbPVB11Wis



これは映像のトリックなのか?




今日で日航機墜落事故から24年立ちました。




日航機事故の真実か空想か?

http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/454.html

安部氏が主張する事故原因、尾翼破壊の原因とはなんなのか。
それは、自衛隊の無人標的機が123便の尾翼に衝突して破壊したのだというのだ。事故当時、新造された護衛艦「まつゆき」が相模湾で試運転中だった。その「まつゆき」艦上からテストで無人標的機が発射され、123便の尾翼に衝突した、というのである。
「ぶつけたんじゃなくて、ぶつかってしまったんでしょ。標的機はジェットエンジンで高速で飛ぶものだから、当てようとしてもなかなか当たらないものだそうです」

民間機相手の訓練
この説を主張しているのは安部氏だけではない。
「雫石のあとでしょ。あの時は自衛隊機が全日空機を相手に戦闘訓練を勝手にやってて、それで後ろから突込んじゃった」
雫石事故とは71年、全日空機のジェット機727型機に航空自衛隊のF86F戦闘機が衝突した事件である。この時、自衛隊は全日空にも管制にも訓練を報せていなかった。この時、ある疑いがもたれた。自衛隊機が民間機の全日空機を敵機に見立てて戦闘訓練をしていて誤って衝突したのではないかという疑惑である。乗客乗員162名が死亡この時は航空幕僚長の辞任で収まっている。運輸省管轄の航空事故調査委員会はこの事故をきっかけに誕生している。
日航機事故の当時は第二次中曽根内閣。中曽根康弘が内閣総理大臣、航空を含めた運輸行政を司る運輸大臣は山下徳夫、防衛庁長官は加藤紘一、内閣官房長官は藤波孝生だった。もし安部説が正しいとしたら、この日航機事故の情報はどこまで上がっていて、誰が処理に関する全ての決定権を持っていたかということだ。
それは中曽根でしょう
安部氏は言う。
自衛隊機が民間航空機を仮想の敵機として訓練することは今もあると安部氏は睨んでいる。
僕がいたときはしょっちゅうだった。米軍機だけだよ。やんないのは。ほかの国は日本を含めて予算がないから、民間機を相手に訓練するんだよ」
無人標的機が衝突したという話を最初に聞いたのは、いつ、どういう機会だったのか。
「いつだったかな。日航の仲間からだったと思うけどね。彼らが自費で船を調達して、発見されなかった尾翼の部分を探しているって聞いた時かな。見つからなかったけどね。もうとっくに海上自衛隊が回収したんでしょう」

★撃墜された日航機
安部さんは123便が山に向かって北上したことにも、疑惑を抱いている。
「機長は大阪行きなら、もし伊丹空港での着陸がなんかの事情で不能になったら、すぐ代わりにどこに着陸するか考えるものです。123便は相模湾上空でなんだかわからないけどアネ―ブル・コントロ―ル(操縦不能)になった。あの場合、海に不時着することを考えるのが普通なんですよ」
操縦席では尾翼が壊れていることはまったく分かっていない。
「分かっていてもいなくても、操縦不能なんだから」
123便が海に向かわないで陸地に向かった理由は何だったのか。
「僕はね、最終的には撃墜するためだと思いますよ。本ではそこまで書けませんでしたけど。123便の操縦士は横田か福生に降りようとしていたと思うんですよ」
123便は海ではなく、山の方に故意に誘導されたと安部さんは主張する。では123便はいつ、どこで撃墜されたのか。
御巣鷹山近くの複数の住人が、123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言している。例えば123便が機体を安定させようとエンジンを操作し、最大のパワ―でジェットエンジンを噴出したとして、その排気を炎と見間違えることはあるのだろうか。
エンジンからの排気、または金属の機体が折りからの夕日を反映したということも考えられはする。検証をせずに123便に炎があったと断じることは危険である。が、そういう目撃談があることは事実である。
自衛隊の浜松基地から2機の戦闘機(F14)が発進してるんですよどの時点で撃墜するためのミサイルをぶっ放したか、僕は分かりません」

★NHKが故意に誤報した
自衛隊が、ダッチロ―ルで飛行している123便をなぜ撃墜する必要があったのか。
あの機体が横田でも福生でも羽田でも、もしあのまま着陸してしまったら、内閣、吹っ飛びますよ
安部さんはNHKが墜落地点を故意に誤報したとしている。NHKは翌日の朝まで墜落地点を長野県北相木村と報じた。これは報道陣をはじめとした人間たちを故意に違った地点に導くためだったとしている。
御巣鷹山は群馬県上野村にある。上野村の当時の村長は黒沢丈夫氏だった。のちに御巣鷹山に慰霊施設をつくり、登山道を整備した名物村長である。海軍兵学校を出た黒沢村長は戦争中は零戦のパイロットでミッドウェイ海戦にも出撃した勇士である。
その黒沢村長が飛行機乗りの経験者として村民の証言などから墜落地点を御巣鷹山だといちはやく推理している。のちにある座談会で、事故対策室や日航、自衛隊が墜落地点をなかなか特定できなかったことに疑問を呈している
安部氏は言う。
(NHKを使って)積極的にミスリ―ドしたことは間違いありません。それは、無人標的機の残骸と、最後に123便にとどめを刺したミサイルの残骸とそれに傷つけられた機体を回収するためです。シコルスキ―(自衛隊の大型ヘリコプタ―)を持っていってすぐ、生存者よりもなによりも早くそれを回収するため行ったんです。なにかオレンジ色の大きなものを釣り上げている写真を新聞社か週刊誌は持っていたはずですよ」
オレンジ色の部品は123便にはない。無人標的機の塗装色である。
当時、日航の大株主は日本政府である。35%の株を持っていた。
「日航ってお役所でしょう。僕の経験では、日航は政府にまるで頭があがらんでしょ。だって運輸省の下部組織みたいなものだったんだから」
安部氏は日航機事故をもう一度書きたいと言う。
「全日空にも日航にもエライさんに知っているのがいるんだけど、みな日航機事故のことをいうと黙るんだよね」
日本のマスコミは本当のことを言わないし書かない、調べようともしない。
「だから、本当のことを言い続ける僕の仕事がなくなることはない。日航機の事故は必ず書く。これはライフワ―クだと公言しているんです」



http://74.125.153.132/search?q=cache:7gYM3jsoOfcJ:blog.goo.ne.jp/ni836000/e/a6d3bea30e039e4e811d886074252be9+日航機+川上慶子&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp



「週刊朝日」にだいぶ前だが、「育ての母が語った 川上慶子さん その後の人生」という記事が載っていた。慶子さんの父親の姉、つまり伯母に当たる小田悦子さんが記者のインタビューに応じられての内容だ。”あの日”、慶子さんは父親(当時41歳)と母親(同39歳)、そして妹(同7歳)と共に123便に乗り合わせていた。当時大阪に在住していた小田さんの家を訪ねる予定だった。待てど暮らせど来ない弟一家に気を揉んでいる中、日航機が行方不明になっている事を知ったという。翌日になって現地に駆け付ける途中のTV画面で、姪っ子の慶子さんが救出されるシーンを目にする事となった小田さん。慶子さんの逆立つ髪の毛にその恐怖心の凄まじさを感じ、又、近くに居た人から小声で「良かったですね。」と囁かれたものの、他の家族の安否を思うと手放しでは喜べなかったのだとか。

その後、生存者達の証言から明らかになっていったのが、墜落直後にはかなりの人が生存していたという事実。”その時”の話を小田さんも慶子さんから聞いたという。

墜落した時は、大分多くの人が生きてはって、御父さんも咲子ちゃん(妹)も未だ生きてて、御話しててね。あっちでもこっちでも、がやがやと話し声が聞こえて来て・・・。」

「(残骸から)抜け出そうとして動くと足が痛くなる。そう言うたら御父さんは動かん様になった。段々動かなく、物を言わない様になった。咲子ちゃんも吐いた物が喉に詰まる様な感じになる。『御婆ちゃんと、又皆で元気に仲良く暮らそうな。』と言って上げたけど、げえげえと言い出したと思ったら静かになって、咲子ちゃんも死んだみたいや・・・。廻りで皆が話してはった声も、段々聞こえなくなって・・・。」

事故から10年後に元米国軍人が証言した話に拠ると、なかなか現場を特定出来なかった自衛隊や警察を尻目に、在日米軍のヘリは逸早く現場を特定していたという。日本のレスキュー隊が現場に到着する約12時間前には、在日米軍のヘリが既に現場に到着していたものの、「日本側が現場に向っているので帰還せよ。」という上官の指示で現場には降りなかったのだとか。在日米軍による誤爆で、123便は撃墜されたという説も在る。)確かに、慶子さんもその事を語っている。


(暗闇の中)ヘリコプターの音が聞こえて来て、赤い明かりも見えて、真上迄来て止まってホバリングみたいにして・・・。『ああーこれで助かるわ。』って皆で言ってたら、ヘリは引き返した。『これで場所が判ったから、又皆で沢山来て助けてくれる。』と話したけど、それきりで来ん様になった。その内、皆話さなくなった・・・。」

あの時早く助け出していてくれれば、もっと多くの人命が救われたのに・・・。」と、慶子さんは何度も語っていたというが、本当にその通りだ。日米間のセクショナリズムか、はたまた何等かの”意図”が在ったのか不明だが、人命第一で動くべきであったろう。


http://310inkyo.jugem.jp/?eid=776



「・・・だろう」とか、「・・・に違いない」といった推測はいろんな説あるけど、たしかな真実についてはわかっていない。
しかし少なくとも、政府や事故調らの言ってる「圧力隔壁の修理ミスが原因で・・・」というのは百パーセントデタラメだということだけは確かだ!

このことについては、政府・事故調以外のほとんどの専門家らが指摘しており、そのことを最もよく知ってるはずの国内大手航空会社のパイロットらで構成する日本乗員組合も真相究明を訴えている。

そして政府らは、最初、相模湾上空で尾翼部分の破壊が起こった際、壊れた部分が相模湾に落下しているのを当然回収して調べるべきなのに、ほとんど回収していない。(若しくは実際は回収してて証拠隠滅した)



事故現場のあまりに悲惨な様子を写した数多くの写真を見ても、単なる墜落事故ではあり得ないことがわかるし、とくに、燃料タンクからも離れてる操縦室付近が跡形も残らないほどひどい燃え方(破壊のされ方)だったというのはなぜなのか?

この「圧力隔壁の修理ミスが原因」というのは元々、情報操作・捏造の得意な米国から押し付けられた?原因発表のようだ・・・


事故・事件から十年以上経って、ようやく有志によって手に入れ公開されたと言われてるボイスレコーダーのコピーだけ載せておきます。

すでにあちこち編集・削除されてて一番重要と思われる部分は知ることができません。
とくにスクランブル発進し平行して飛んでた自衛隊機と一度の交信もなかったなど考えられないことで消されたとしか思えません。
というより、事故調の捏造報告を信じ込ませるため故意にこの捏造テープを出回らせた可能性も多分に考えられます。
たとえば、昨年7月に載せた記事「御巣鷹山日航ジャンボ機事件、事故調によるボイスレコーダの捏造!」でも、著者が当初聞いたボイスレコーダーでは「スイッチを押している方がいらっしゃるんですが、よろしいでしょうか?」だったのが、「たいとおっしゃる方がいらっしゃるんですが・・」に変えられており、しかもネット上で出回ってるので一番長いものでもその部分から始まってるのしかないというのも、いかにも作為的なものを感じる!
(よく考えてみれば、おかしいことがわかる!
政府らは、これは絶対公表してはならないとしてたものであり、ずっと隠し通すのであればわざわざ編集・カットする必要などないわけだし、
一方、こっそり持ち出したという人間にすれば、なぜ持ち出したかとなると当然真相を世間に伝えたかったからということになるはずで、だとすればやはり大事な部分を全てカット・編集する理由がないわけで・・・)
プロフィール

harpman

Author:harpman
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。